雅治はこちらを見て、はぁお前さんのことか、とため息をついた。
その仕草でさえ色っぽくて、胸のあたりが跳ねるようにドキドキしてきた。
ワタクシは彼を見つめる。二人きりのこの部屋、初めてのシュチュレーション


いい雰囲気になれば、告白できるかもしれない。
手をぐぐっと力強く握る。拳が痛いぐらいに手に爪が突き刺さる



「お前さんぐらいじゃあ、嫉妬はして貰えんかったじゃろうな」
「嫉妬…」


嫉妬ってそれはまるで思い人がいるみたいじゃない。確かに近寄る奴ら全てのやつらからブロックすることは出来なかったけれど、でも雅治の好みのタイプを近寄らせたことはないはずよ。

だいたい、ワタクシが殆ど一緒に帰って、そういったのとの交流はなかったはず、でも、そうよね。
ワタクシが虐められている今は一緒に帰るなどしてくれないわ

だから、ワタクシが虐められてから出会った女?
まさか、黒幕のあいつ?

拳に苦い痛みが走る。皮が破れて血が少しだけ流れた。痛い、痛いのにそれさえも考えられなくなるほど頭が沸騰するぐらい熱くなる、何がどうなっているのか、頭の中をグルグルグルグル巡った


「まあよか。お前さん保健係だったかのぅ?」
「ええ、保健係よ。怪我をしたのかしら?」
「いや、しとらん。口実じゃ」
「口実?」


ワタクシに会いにきてくれるためのかしら
わざわざ、最後に来てくれるだなんて、本当はワタクシの事好きだった?
いや、それはないわね。だって、ワタクシは彼がワタクシがタイプじゃないぐらい知っていたもの。


「なんの口実?」
「お前さんには関係なか、どうでもいいじゃろ」
「………そうですわね」


颯爽としたその顔を見て、ワタクシは今から死ぬと伝えたらどう動揺するのだろうかと考えてしまった。動揺、するのかしら、この人は。よくわからないけれど、でもしてくれたら死ぬ前に良いものが見れたと思えるはずよ、ワタクシは口を開いた


「ワタクシ、」
「お前さん、そのハンカチ」
「え?」
「そのハンカチ、何処で手に入れたんじゃ?」
「ハンカチ?」


彼の視線はワタクシの左手に集まっていた。左手には彼女からもらった黒いハンカチ、意外と優しいのねと差し出されたとき思ったそのハンカチ。


それを雅治は目を見開いて見ていた。
あり得ないとでもいうように

確かに彼女にそんな優しさがあるだなんて思いもしなかったのでしょうけど
彼女だって血の通っている人間なのだし、血も涙もある人なのよ
確かに人間らしさをどこか別の異空間に絞り取られているような感覚に陥る人間だが、まだ壊れてはいないはずだ。


ワタクシは雅治を見て笑った


「もらったのですわ」
「もらった?」
「ええ」
「へぇ、そうなんか」


腕を組みワタクシを見る雅治は探るように睨む、ピンと背筋が尖った


「おまえさん苗字と関わりがあるんか?」
「苗字?誰かしらそれ」


頬に指をおいて困ったように指を上下にやる雅治は曲がった猫背の腰をピシッと背筋を伸ばす



「これぐらいの髪の長さで、目付きはこうじゃ、身長は俺より低くて、平坦な顔、凡庸な顔、それが特徴じゃ」
「あ、ええ、そんな子に貰いましたわ。そう、彼女、苗字と言いますのね」
「―――やっぱりかのう、……ふぅ、それ、渡しんさい」
「え?あ、はい」



ハンカチを投げ渡すと雅治はそのハンカチを手で揺らしながら見ていた。



「はぁん、あーあ、アイツも女々しい女じゃのぅ、いや違うのう、俺が女々しいんじゃな。のう、そこにある鋏取ってくれんか」



鋏なんか何に使うのかしら。首を捻らせながらも保健室にあった鋏を持って近寄り、渡す。雅治はにっこりと笑うとワタクシの髪を撫でるようにして手を置いた。
誉められているようで嬉しくて雅治を見た、彼はワタクシを一見して、―――そして、その尖った刃先でワタクシの髪を無造作に切りつけた。
パッサリと切られて落ちる音。地面に転がる金髪の髪。

前髪が切られ眉毛を越えておでこを半分以上見せる。それでも鋏の動きは止まらず、続いて肩まで巻いてあった髪を斜めに切られる。くるくると巻いてあった髪は途中半端に斜め切りされて美というものが一切感じられない、一瞬息を飲む、優しすぎるその手付きにこれは夢でないかと気違いまで起こしてしまいそうだ。

「お前さん、あの女の臭いがする。あの女の臭いが髪に移っとる、気持ち悪か」
「臭い?そんな、臭いなんかしませんわ」
「する!お前さんにはわからんだけじゃ、ああ気持ち悪るか!」


床に落ちた髪の毛をゲシゲシと鬼のような形相で踏みつける雅治に不安を過らせる、何時もはこんな人格じゃないはずなのに、可笑しい


「このハンカチも気持ち悪い臭いじゃっ…。ああ、いらない、いらないいらんいらんいらん。気持ち悪か!気持ち悪かっ!」


そういってハンカチにさえ鋏を取り出して切り刻みだす。ワタクシはもう放心状態だった。


「くそっ、あの甘ったるい臭いが付いとる、俺がやったこれになんでじゃ、ああ、うざったか」


まるでそのハンカチに憎悪しかないように彼はハンカチをボロボロに、粉々にしていく。鋏で縦に横に、斜めに、下に上に、切って切って切って斬って忌って忌って斬って切って切って、千切るように切って、切っていく。

異様としか言えない光景、なんなのだろうか。まるで、そう、―――――壊れている。


まるで一つ前の立海の状態
まるでで一つ前のこの学校によく見られた状態


精神というもののパロメータがブッ切られて、本能が理性の上を上に位置してしまって、現実と夢とが区別出来なくなって
世界を畏れて、溺れて

人間としての感情が単調になる、現象。


嫌なものは嫌。
好きなものは好き。
裏表がなく、右左もない、押さえるっていう感情がなくって、押さえ込むという行動をする前に感情が動いて行動している。


現すならば、溢れだす泉。

壊れた、存在


あの仁王雅治が?
ワタクシは壊れているとでもいうのか

そんなことはないわ。
ワタクシ達は彼らが壊れないように狂わないように
あの時期にかなりの気遣いをして、かなりの心遣いをして、ワタクシは彼らに接した。


でも、もしそれが、彼らにとっての負担だとしたら?
ワタクシがやったことが失敗だったとするならば?


よく、わからない。もういいわよ、考えなくてもういいですわ。だってワタクシはもうすぐ死ぬのだから

考えるのはもう止めにしましょう
悩むのも
後悔するのも
理解しようとするのも
全て総て凡て、止めにしましょう。


ワタクシは目をギュッと閉じた。閉じたら何かが変わるわけじゃない、でも逃げることは出来る。大好きな人が可笑しくなっているという現実からは。

死ぬの
ワタクシ、死ぬの


心の中でそう告げた、どうせ、だからなんじゃ?と答えられることぐらい知っている。

ワタクシ、好きだった
ワタクシ、あなたが好き

心の中でそう告げた、どうせ、だからなんじゃ?と答えられることぐらい知っている。


ワタクシは初恋と言われるそれを心の中に隠す、もう二度と口に出来ないであろうそれは胸を痛い程に打つが、構いはしなかった。
ベットに腰掛ける、ギリッと音がした、まるで心の中の何かに鍵をかける音

耳を澄ませると鋏のジャキジャキという音。
何度も何度もその音が聞こえた


「ああ、そうですわね」

ワタクシの初恋はもしかしたら告白する前から壊れ過ぎたのではないかとその時ふと思った





  
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