「あれが黒幕に決まっていますわ!あれが黒幕でなければ誰が黒幕というのかしら?!ねえ、アナタもそう思うでしょう?!ワタクシは!ワタクシは間違ってはいないわ!あれが黒幕なのよ!」
彼女は、植太麗子。
三年生にして、元テニス部ファンクラブ会長。そして元ハーレムのお姫様と名高いお嬢様
なのに、今の彼女はただの普通の人間であった。
信じていた人間に裏切られて戸惑って、救いを懇願している哀れな普通の上も下もない、人間
だからこそ私は目を瞑って深呼吸をする。落ち着かせるために、ゆっくりと空気を吸い込む
そして、ゆっくりと目を広げる。私には植太さんが見えた。ただの彼女が見えた。
「君は、間違っているよ」
君は間違っている。
私は救いはしないと
そう彼女に言ったのだ
私に懇願するだなんて、間違っている
そしてなにより
私は君の味方になったつもりもなるつもりもない
もはや、すがり付くだけ無駄なのだ
私は、口を開いた
どれ程の間違いであるか
どれ程の驕りであるか
どれ程の既知外であるか
彼女には分からないのだから
教えてあげるよ
「君のそれは妄想だ。君の虐めに黒幕なんていない、君が傷付いているのに黒幕なんていないよ」
全ては君の幻想であり
妄想である
私には黒幕は見えない
いや違う、私には黒幕というものがあるようには見えない
「君が黒幕がいると譲らないのであれば私はこう答えるよ。黒幕はテニス部だ。君のその矛盾した思考じゃわからないかも知れないけど、君を虐めているのはテニス部だよ。君が憧れを込めて、切望を込めて見つめていた、あの男子テニス部だ。君の敵はテニス部だよ。君の物語の黒幕はテニス部だ」
彼女の顔は、青ざめていた。
塗りたくられていたであろうファンデーションは水で落ちて、それでもなお顔をよくみせていたというのに
彼女の顔は青ざめていた
白の上に青をのせてしまったような、そんな顔色
死人のような顔色
「そろそろ夢から覚める時間だよ、植太さん。現実逃亡は唯の逃げでしかない。大人になるんだ、夢とか希望とかは子供に見せるものだよ。私達が見ていいものじゃあ、ない」
子供に夢を売るのが大人だ
もはや私達は子供とは呼べない。
もう私達は大人なのだから
「もう、子供じゃないんだから夢を見るのはやめにしようよ」
彼女は、泣いていた
生理的な涙じゃなくて、本当に傷付いたというように涙を流した。
でも、彼女は何も言い返してこない。
言い澱むような性格ではないのだから、たぶん、分かっているんだろう。私が言っている意味ぐらい
そして、自分がどれだけ甘いことを言っているかっていうことぐらい、分かっているはずなのだ。
使ってきた人間だからこそ、駒のように人を使ってきた人間だからこそ、分かっているのだ
「君の理論は矛盾している」
そんなことぐらい、本当は分かっていたのだ。ただ彼女はそのことを指摘してくれる人間がいなかっただけで
指摘して欲しくもなくて
指摘したものを認めたくもなくて
自分が愛した、テニス部に虐められるだなんてどおしても思いたくもなかったんだろう
彼女は、ポロポロと流れる涙を持っていたハンカチで拭いていく。
でもそのハンカチは濡れていて、ハンカチの意味をなしてはいなかった
私は、ハンカチを取り出す。
黒い、ハンカチを手渡した
彼女は驚いたような私を見て、そして数秒後、彼女が生きていた中で一番素晴らしい笑顔を私に見せた。
笑顔はキラキラと眩しくて、きらやかで
その笑顔は、気持ち悪いかった
吐き気をもようすような気持ち悪さで
私という存在を拒絶するような気持ち悪さで
この立海を否定しているような気持ち悪さで
私はどうしてもそれを見ていられなくなって。
見ていて吐き気がして、保健室のドアへ、何のために今日来たのかも忘れ去って歩いていった
植太さんがそんな私を見て何を思ったのかも分からないまま、ただ、その空間から逃れたい一心で
保健室のドアを乱雑にあけて、冷たい空気が漂う廊下へ歩を進めた
(20110207≠衝動というよりは自己防衛の行動)
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