植太麗子が保健室にやってきたのは私が保健室に来てから四十分もたった後だった。
もうその頃にはテニス部はランニングを終えて素振りをしていて
みなぎるようなその暑苦しい光景に植太麗子は目をキラキラとさせて見ている。

そんなにカッコイイのだろうか。あんなにほとばしる汗とむさ苦しい男の子達をみて、目をキラキラさせることが出来るほどカッコいいのだろうか


ファンクラブの人達って分からない人達だなあ



「そんなに好きだったんだ」
「………」



呟いたその言葉に植太さんは眉を寄せる。今日はいつもよりも厚顔ではないようだ、化粧も薄い。

たぶん、四十分も遅れてきた理由はそこにあるのだろう、ほのかに水が滴っているし。
彼女、今回は水かけられてきたんだろうな


そして、なにか、引っ掛かるというか、違和感がおそう。
なにか違うような、そんな感じ。
でもまあ取り敢えず、クルクル巻いてある髪はいつもよりも湿っているし、目元のセクシーなホクロは右元に健在していた。




「……分かったようなこと、聞かないでくれないかしら。それに、まだ好きなのよ、過去形にしないで下さる?」
「テニス部に虐められてるっていうのに、可笑しな人だね。普通憎いって思わないの?こないだだって憎いって、復讐したいって言ってたじゃない」
「………テニス部は悪くないわ」



濡れていた制服を脱ぐと植太さんは私を真っ正面から見た。



「庇うんだね」
「悪くない人を悪くないと言って何が悪いのかしら」
「それはまぁ、悪くはないんだろうけどね。でも、君はテニス部から虐められている。それは紛れもない事実だよ」
「………」



真っ正面からだと彼女が今の言葉で唇を噛んだのはよく分かった。
噛まれた唇はピンク色の口紅を落として元の薄暗い唇を覗かせる



「……アナタになんか、ワタクシの気持ち分かるわけありませんわ」
「そりゃあそうだ。私は君じゃないからね。完全に理解できるとは思ってないよ、ただ、人間は知ることは出来る。話すことが無駄だとは私は絶対に言わないよ」
「………」
「君はどうしてテニス部を庇うの?」
「庇ってないわ」
「じゃあ、何故君はテニス部は悪くないと言えるの?」


植太さんは目を伏せる。
やれやれとでもいうようでもあるし、何か決意をしているような感じもする。
やがて彼女は伏せていた目をゆっくりと開ける。
その目には強い光、生気が灯っている


「知っているからよ」


植太さんはゆっくりと聞こえるように言った。


「知っている?何をだい?」
「ワタクシは知っているの、テニス部は悪くないって知っているの」
「だから悪くないって、何故知っているんだよ」
「黒幕」


くろまく
黒い幕?
違う、ラスボスのこと



「黒幕?」
「黒幕がいますの」
「どういうことだい?」
「ワタクシはその黒幕がテニス部を操っているってこと知っているの」
「…………」



黒幕。
どうやら彼女は被害者妄想をしているらしい。
黒幕って漫画じゃないんだから



「妄想じゃあありませんわよ」
「よく分かったね」
「無害そうなその顔がワタクシを軽蔑した目から可哀想な人を見る目に変わったからよ」
「それはそれで可哀想だね」
「うるさい。ともかく、ワタクシはそいつのせいでテニス部から虐められているのよ」
「つまりはテニス部が虐めているんじゃないのかな?」



なんだか堂々巡りのような気がしてきた。

つまりはなんなのだろう、彼女にとって見れば実行犯よりも黒幕の方が憎いという、意味分からない矛盾思考が渦巻いているのだろうか



「いやだから、テニス部は、黒幕によって操られているだけなの、だから、テニス部は悪くないの」
「うん、だから、私は結局はテニス部が君を虐めているのには違いないよねって言っているのだけど」
「………」
「君ったら、本当に妄想しちゃってるんじゃないのかい?良い病院紹介してあげようか?」
「だから違うって言ってるでしょうが!」
「いや、だって、君」



私は苦笑いをする。
妄想もここまで来れば病気だ。病院を頭の中で検索する
それを植太さんは勘づいたのか、冗談じゃないと言うように私を睨んできた



「本当にいるのよ!いるたらいるの!黒幕はいますのよ!」
「あー、はいはい、大丈夫。信じてるよ、はい、病院行こうねぇー」
「まるっきり信じていないじゃないの!」



ヒステリックに叫ばれて、耳が潰れるかと思った。
植太さんの髪がグチャグチャに崩れてくる。整えていた髪が崩れる様は、まるで彼女自身を表しているようか気がした



「じゃあ、証拠とかあるのかい?黒幕がいるっていう証拠」
「有るわよ!有るに決まってるじゃない!ワタクシはなければ騒いでいませんわよ!」



なくても騒いでいそうだけどね、君って。




  
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