「だからこそ聞くけどよぃ、―――お前、柳と何話していたんだよぃ」

丸井の顔に陰がかかり、見えないぐらいの早さで私の首元に手がかかる。暖かい手、その手は私の首をくるりと包むように広げられて
そして首が、締まる
ギュウギュウどころよりも、グュギュグュギュと
最早器官を潰されるような力で。もちろんのことだが、声は出ない。出すことさえ出来ない。

丸井君は私をちゃんと見ていた。怒っているとちゃんと見受けられる。私は彼の頬に手をおく。彼の頬は暖かい。何時の日か、子供体温なのだと聞かされたことがある。その頬を撫でるようにして手をおく。
激情したとき、こうやられると宥められるらしく、丸井君は少しだけ締め付ける力を緩める
昔はよくこんなことをやられていた、付き合っていたときには一日に一回はなければおかしいとさえ思えるほどよく絞められていた。
こんなときに抵抗しても意味はないと知っている。
ただただ、治まるまで彼を見守るしかない。



「何かあったんだろぃ?お前が柳に聞くぐらいのことだからよぃなにかあったんだろぃ?でもなんで俺じゃなくて柳なんだ?俺じゃあ駄目だっていうのかよぃ?俺じゃあお前の役にも立つことが出来ないのかよぃ?俺じゃあお前の目にも止められねぇのかよぃ?なあ、なあなあなあなあ、なあなあなあなあなあなあなあ、名前、俺じゃあ、駄目?俺じゃあ駄目なのかよぃ」


私は、彼を見る。
彼は私をちゃんと見ているが焦点が合っていなかった。
私を見ている、とそれを呼んでいいものか、よく分からなくなる


「……やだよぃ。お前が消えるのが嫌だ、俺がお前を思い出せなくなるのがいやだよぃ、お前が俺を思い出せなくなるのが嫌だよぃ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。わすれるなよぃ、俺を忘れないでくれよぃ、俺のこと忘れないで、嫌だ、嫌なんだよぃ」


頬を、握る。
私は締まっているそれを感じさせないように、笑って、私を見させる。
そうすると丸井君は息を呑み込む。
まるで怯えるように
そのせいなのか、少しだけ絞まる力が緩くなり、声を出せるようになった

「……―――っ」
「私は、君を、忘れないよ?」
「う、うそ、うそだろぃ?そんなこと言ってまた俺を騙そうっていうんだろぃ?!」
「私は、嘘を、つかない、よ」
「嘘だろぃ?それさえも嘘なんだろぃ?!お前は、お前は――…」
「大丈夫、だよ。ブン太、とりあえ、ず、しゃべ、りにく、いか、ら、離し、てくれ、ない、かな、ぁ」

息が、続かない。
声とはつまり吐き出すことだから、吸う空気がなくなっていっている。
言葉も区切らないと喋れなくなってしまって、だけど
丸井君が――ブン太くんが
私の首から手を離した
いきなり、空気がいっぱい入ってきて、私はむせかえる。
ブン太君は、頭を掻き毟ようにして、頭を引っ掻く


「あ、あああぁああああぁあ」


髪を引っ掻く手に私の手を重ねるとブン太君は私の肩を両手で壊れ物を扱うように置く。酷くそれが優しくて、大切なものを守るように見えた


「ご、ごめん、お、俺、俺はっ」


彼は悪くないのだ。そう知っている。
私は彼がよくする笑顔を浮かべて「大丈夫、大丈夫」と言う。


「ふぅっ、ぁああ、名前」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「あぁあ、お、おれぇ、違う、違うんだぜぃ?俺は、違っ、おれは、おれはちがっ」
「大好きだよ、ブンちゃん」
「ああぅう、お俺も、好き、好きだぜぃ、好き好き好き」
「大好き、ブンちゃん。大好きだから、気にしなくていいんだよ」



毒が彼にまわる
呂律が回らない、頭も追い付いてこない、その体に私の言葉の毒がまわる。

涙ぐむその体に毒がのぼる
まるで自然体のように
まるで偶発体のように
まるで必然体のように

まるで、当然のようにして
彼に毒が回っていく


「あ、ああぅ、名前っ名前名前名前」
「大丈夫、大丈夫だから、ねぇ、ブンちゃん」
「い、痛くないかよぃ?お、おれ、また、お前のこと、ご、ごめん、ほ、包帯、包帯を持って」
「ブンちゃん」


彼の体のほうが大きい、だけどそんなもの関係ない。私は彼に力いっぱい抱きついた、ギュウギュと、力いっぱい


「あぅっ」


丸井くんがやめてくれとでもいうように、声を出す。構わない、私はずっと抱き付いたまま、笑った

「大大大好き。ブンちゃんのこと、凄く好き、私のこと忘れないでくれるかい?」

それはいつもいつもこの行動の後に、まるで呪いのように唱え続ける魔法の呪文
でも彼には幸せになる魔法の呪文のように聞こえてしまうのだろう

可哀想で可愛そうな、丸井君。
ずっと壊れたままでいてね

そう、呪いをかける


「あっ、名前名前名前、もちろんだぜぃ。俺も、大好き、忘れねぇよぃ。忘れたくねぇよぃ」
「私もだよ」


丸井君はあまりにも破壊衝動が強すぎて、有るものいるもの総てを壊してしまう癖がついてしまった、そのせいでお薬を摂取しており、そのため、お薬の副作用により記憶が少しずつ消えていっているらしい。

私は丸井君の赤い綺麗な頭を撫でる


「………」


丸井君は黙ったまま、苦しそうに笑う。丸井君はもはやボロボロだ。お薬の話しはちゃんと部長の幸村君には言っているが、他の人間にはなかなか言えないだという、それはそうだだって丸井君はスポーツマンなのだから。言えるわけがないのだ


「大好きだよ」
「俺も、好き」
「私はずっと好き」
「俺も永遠に好き」

丸井君の首筋に顔を埋めると、彼特有のガムの臭いが鼻につく

「丸井君」
「………」
「丸井君?」
「なまえじゃないと嫌だ」
「ブン太」
「うん?」
「可愛いね」

首を傾げる、彼。

「カッコイイの間違いだろぃ?」
「うん、そうだよ」
「えへへ」
「どうしたんだい?」
「幸せ」
「そうなの?」
「ああ、幸せ過ぎて、困ったぜぃ」
「それは、よかった」


彼の幸せってなんなのだろうか。
彼の不幸せってなんなのだろうか。
それは、私の不幸せと幸せと比例していないのかもしれない。
それは、私の幸せと不幸せと反比例していないのかもしれない。


彼はボロボロになりながら、私の前では満面の笑みで笑う。
私はその壊れた笑みの彼に微笑みかけた。



君が幸せになってくれればと、嘯きながら





  
戻る
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -