「あら、珍しいわね。財前クンのお隣さん」


理科室の隣、委員会室の中にある風紀委員長室は自室、テニス部ファンクラブの部活動場所である。そんなところに私は足を踏み入れた、四ヶ月ぶりだ。昔はよく踏み入れていたのだが、全国大会が始まってから滅多に近寄らなくなったため、久しぶりである。
風紀委員会の委員会室に入ると風紀委員長の舞得江間(まええま)さんがいた。


「お久しぶりだね、舞得さん。見ないうちにまた一段と綺麗になったね。そのうちに世界に羽ばたくような世界的な女優になりそうだよ」

「ご冗談は結構、なんのご用かしら?」

「ふふ、いつもながらつれないねぇ。でもそこが人気の秘訣であり、好かれる場所なんだろうけど。……ご用は、君たちがこの頃抱えているであろう問題を手伝ってあげようと思ってね」

「結構だわ、あなたに頼るぐらいなら他を当たるから」

「ふふ、本当につれないよねえ」


ふんと鼻を鳴らす彼女の横には一年生らしい女の子がおろおろしながら舞得さんをみていた。どうやら私のことを噂かなにかで知っているらしい。小動物のように体を震わせて、小さい体をもっと小さくした。


「江間さん。この人、うちらの中で噂のあの人ちゃいますの?なんや、えらい普通の人ですね、ほんまに怖いんですか?」

「しっ、黙ってなさい。前原」

「す、すいませんっ!」


震えて小動物になっていた子は前原さんというらしい。気が弱い子なのだろう、怒られただけで肩をグラグラ揺らしている。舞得さんも少しは手加減してやったらいいのに。

手をポケットの中にいれて飴を取り出す。一つは舞得さんに投げ渡して、もう一つは前原さんに投げ渡した。二つともイチゴ味だ。


「あ、ありがとうございます」

「あ、こら、前原。……はあ、しょうがない子ね。甘いものに弱いんだから」

「それは委員長やて同じでしょ!うんじゃあ、有り難くいただきます」

「じゃあ、私も。ごちそうになるわね、お隣サン」

「いえいえ、ご遠慮なく。それで、なんだけどね」

「アナタから情けはうけないわよ」

舞得さんは綺麗な顔に影をつくりながら、私を睨む。飴を口に含んでいると考えるとなんだか面白い図だった


「まあ、最後まで話をきいてから考えてくれないかな?私もせっかく輪道さんと財前君のいた場所から抜け出して君たちのところに来たんだ。はい、そうですかと簡単に引き下がるわけにはいかなくてね」

「輪道…?」

輪道という言葉にあらゆる醜悪をつめこんだように顔をこわばらせる二人を見て、これは簡単だと心の中でガッツポーズをした。


「君たちの問題の原因、そして私にとっての厄介な人物、だ。輪道奏愛さん。まさか知らないわけじゃないだろう?ファンクラブに属してもいないのに、テニス部に近付いている危険人物。テニス部のマネージャーにまでなった輪道奏愛さんだよ。まさかアナタ達がマークしていないはずはないだろう?なにせ、アナタ達はあの天下のテニス部ファンクラブの皆様だものね」

「な、なにが言いたいの?」

「なに?うふふ、分かっているのに聞くんだね。君ったら頭いいよねえ。そんなところ大好きだよ。私は君たちとより良い関係を再度作りたいと、そう言っているだけだよ、つまりは協定だ。私は君たちに、君たちは私に情報や事情や考えや思考や考察や思惑なんかを伝えればいいんだよ。どうかな?いい提案だと思うのだけど」

「協定ですって?」

「そう、つまるところ私も輪道さんには困り果てていてねえ。それそれご退場願いたいんだよ。そちらもでしょう?」

「……なんのことやら、さっぱりだわ」

「隠すとためにならないよ。私も隠し事なんてしないしね、……輪道さんは白石君とかなり仲がいいみたいだねぇ。呼び捨てで呼び合うなんて、私は信じられなかったよ」

「……なんですって?」

「さっきも言っただろうけど、私は輪道さんと財前君から逃げてきたんだよ。ただ、その場には白石君もいてねえ。輪道さんは白石君のことを『蔵ノ助』って呼び捨てで呼んでいたよ?」

「! んな馬鹿なことありえません! 白石様がそんな、あんな女に名前を呼ばせるやなんて、そんな!」

「前原!黙りや!ほんまや決まっとらんやろ!………本当なの、お隣サン。あの女が白石君を呼び捨てにしていたというのは」

「ふふ、勿論だよ。なんならば、財前君にでも聞くといい。そうしたら事はわかるだろうね」

なーんて、財前君に後で聞いても、たぶん輪道さんLOVEになってて聞いてもくれないだろうけどね


「なんてことや。先輩!やっぱ、この頃おかしいです。テニス部の人たちがおかしいぐらいあの女のこと弱愛しとります。今日もほんまに白石様は教室におらんだったってさっき連絡あいりましたやろ?あの女についていっとったんですよ!あの女、テニス部になにしたんや!」


白石君は輪道さんとは一緒に来てないし、白石君は自分で私のクラスに出向いたんだけど、そこを言ったら協力してくれないからな。黙っておこう


「落ち着き言うとるやろ、前原!お前からしたら先輩が前にいるやで、ミットもない姿さらすんやない!ファンクラブの恥になるやろ。今は落ち着き」

「……は、はい」

「すま、いや、ごめんなさい。お隣サン。ミットもないところをお見せして」

「気にしないでくれて構わないよ。だいたい取り乱すようなことを言ったのはこちらだ、配慮が足りなかったと反省しているよ。ごめんね?」

「いえ、取り乱したのはこちらよ。謝るのはこちらのほうだわ。……ごめんなさい。それにしても、なぜアナタは私達にこんな情報を?」

「協定を結びたいからに決まっているでしょう?じゃなければ、私が君たちにこんなことを話す意味なんてないのだから、これで私は隠し事をしないということは分かってくれると嬉しいな」

「………っ」

「どうだろう、私は財前君からレギュラー陣達の情報を引き出す。君たちは実行や牽制をする、割り振りにはかなっていると思うのだけど、どうかな?」

「………」


ファンクラブのメンバーは、ファンクラブであるということからテニス部のレギュラー陣からあまりいい印象を貰っていない。
そのため、レギュラー陣の情報が掴みづらい。

逆に、牽制などはファンクラブという面目があるため彼女らにとってはやりやすいはずだ。


「どうだろう、私達は協力し合える。協定を結んでみないだろうか?」

「………」

「…先輩」

「……分かっているわよ、前原。私達は情報が回ってくるのがかなり遅い。レギュラー陣と連絡を取り合える人間もファンクラブの中にはいないわ。そうなると、私達はこの人と組んだほうがいい。でも、この人と協定を結んだら反発する奴らがいるでしょうね。それに、いつ私達がこの人に切られるとも限らない。でも、レギュラー陣の情報は欲しい。……どうすれば」


「そんなの簡単だよ、舞得さん。私も君達もお互いに利用し合えばいい。利用しているのだといったら反発する人達にも面子は立つし、逆に君達の方から私を切ってもいい。協定という顔があるから情報交換もするし、君達はレギュラー陣の情報が貰える」

「じゃあ、お隣サン、アナタは私達からなにを貰うのよ」

「私は君達に貰うものはないよ。私か君達にやって欲しいことがあるだけ。輪道さんを退場させてくれればそれだけでいいんだよ」

「なんで?そこまで輪道さんにこだわる必要はないはずよ?アナタが動く必要もなしにあの女は私達がいつか必ず片付けていた。なぜ私達に手を貸すの?」

「私はただただ厄介な人を迅速にご退場願うように実行しただけだよ。この頃、嫌に絡まれて気持ち悪いんだ。たぶん、なにか考えているんだろうね。私はやられる前にやり返す、二倍返しに。というのが家訓だからね。そのために君達に協力願い出ているだけだよ。その他の思惑なんてない」



そういって嘘笑いすると悪魔でも見るような目でこちらを見ている二人がいた。どこか、怖そうに、しかしながら引き込まれそうにしている彼女達を見て、笑みを深くする。


「協定、結んでくれないかな?」

「わ、分かったわ、お互い利用しあいましょう」

「勿論だよ、これからよろしくね」

「え、ええ」


手を組んだ、舞得さんがゴクンと唾を飲み込んだのがはっきりと聞こえた




(それは悪魔と呼ばれるひとの/20110117)


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