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始まりの花(仮).




久しく訪れたその地は、数年前に比べて賑やかだった。人が溢れ、彼らは忙しなく楽しげに足を運ばせる。ここで立ちすくんでいるのも怪しいし、早く愛しい子に会いたくて近くを歩く商人に声を掛けた。


「道を尋ねたい。新選組の屯所はどこにあるのか教えてもらえぬか」



**********



それなりに大きな門の前でぼうっと眺めていると、不意に後ろから声を掛けられた。戸惑いというよりは些か警戒に近い声に、なるべく相手を刺激しないよう笑顔を貼り付けて振り向く。


「どちら様?」
「わたしは旅の薬売りだ。医者も兼ねているのだがね。ここに雪村千鶴という子がいると聞いたんだが、間違いではないかね?」
「……知らないなあ」
「そうかい?新選組に出入りしていると聞いたのだが…人違いであったか」


失礼したね、とわたしは潔くその場を去る。彼も警戒しながらも笑顔は絶やさなかった。あやつは確か、一番隊組長沖田総司。ふむ、これは手強い。今夜は一先ず宿を探して、明日また訪れるとしよう。背負う薬箱は相変わらずカタカタと音を鳴らした。



**********



さてどうしたものか。宿は狭い路地に面しているせいかどうしても暗くなっている。流石に大きな町で薬を煎じるのは憚られ、わたしは今暇を持て余していた。ざわつき賑やかになっていく京の町を見ようにも窓は裏の路地側。安いし近くにあったからという考えで入ったのが間違いだった。


「町に出てみるかの…」


少しはマシだろう、と一人呟きながら腰を上げると、僅かにだが言い争う声が聞こえた。さして興味はないが、小競り合いとは面倒なもので周りを巻き込むことがある。寝泊まりする近くで血の臭いがしたら堪ったもんじゃない。声のする方へ歩いていけば、恐らく浪士達の喧嘩だった。既に抜刀し相手に刀を向けている状態。


「(面倒だ…)」


そう内心悪態をつきながらも歩みは止めずに浪士達に近付いていく。漸くこちらに気付いたのか、明白に訝しげな視線を向けた。


「何だてめぇは」
「んん?わたしはただの旅の薬売りさ。そんなことより浪士共、裏でこそこそ切り合いして何が武士か。男なら表で堂々と刀を振るわんか」
「あぁ!?」


いよいよ浪士共は凄み始めた(全く恐くはない)。悟られないようため息を吐いてから懐に手を突っ込み針を投げた。針は見事浪士達の鎖骨に刺さった。そのまま力無く倒れ動かなくなった。


「やるじゃねぇか」


物陰から現れたのは、浅葱色の隊服を羽織った長身の男だった。口元は絶えず笑みを浮かべているが目は一切笑っておらず、警戒の中に僅かな殺気も混じっている。


「あんた何者だ?見た所浪士じゃなさそうだし、こいつらの仲間じゃねぇんだろ?」
「こやつらとは先刻会った全くの赤の他人だ。わたしはしがない薬売りだよ」
「薬売り、ねえ…」
「こやつらは喧しかったから眠らせただけだ。後の処分はお任せするよ。それが新選組の仕事だろう?」


そう言えば目の前の男はわざとらしくため息を吐いてから、後ろにいる部下に指示を出した。まさかこんな所で新選組に会うなんて想像していなかった。予想外というか予定外というか。


「……おや?」


狭い路地の向こうの大通りに、長髪の浅葱色の隊服を羽織った少年ともう一人、隊服を羽織っていない少年、否少女が見えた。直接姿を見るのは十年以上前になるが、一目見てわかった。彼女は立派に“この世界”の主人公の姿になっていた。嬉しい成長である。声を掛けようと足を進めたが、その腕を掴まれそれ以上は動くことができなかった。半ば苛立ちながら腕を掴んだ人間を見れば、男は臆することなく口を開いた。


「お前、名前は?」
「……人の名を聞くのなら、己の名を名乗ってからだろう」
「おっと、悪かった。俺は原田左之介だ」
「……なまえだ。何か用か」
「や、お前みたいな奴珍しいからな」
「わたしはただの薬売りだと言っただろう。珍しくはない」
「だけどお前、強いだろ」


原田と名乗った男の瞳に好戦的な光が宿った。勘弁してほしい。わたしは争い事は懲り懲りだ。


「…護身術程度だ。わたしも暇じゃないんだ。お主も己の仕事に戻ったらどうだね」
「……それもそうだ。悪かったな」


潔く腕を離してくれたのでわたしは何も言わずその場から歩き出す。ふとある事を思い出し、振り返る。


「新選組に雪村千鶴という娘はおらんか?」
「!」
「おるのだな。感謝する」
「お、おい!」


原田の制止も聞かず大通りに出て素早く身を隠した。今夜にでも足を運んでみるとしよう。
101011

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