ひなたぼっこ | ナノ


▽ さようなら

――見られてしまった
――見られたくなかった

突然開けられた戸には五年生と滝夜叉丸くんが立っていて、その顔はどれも驚愕と混乱で染められている。わたしの身体はじわじわと透明になっていて、できたら誰に知られることなく消えたかったな、と頭の隅で考えた。強引に袖で目元を拭って笑顔を作る。彼等にはばれてしまうだろうけど。


「わたしね、帰るみたい」
「帰る…?」
「そう。滝夜叉丸くんはわけわかんないよね。後で説明してあげて」
「えりかさん…」
「あ、学園長先生にも言ってないや。ごめん言っておいて」
「えりかさん!!」
「!!!?」


突然叫んだかと思えば、叫んだ張本人兵助くんが駆けてきてがばりとわたしに抱き着いた。否、抱きしめられている。


「へ、兵助く…っ」
「いや、だ…っ」
「え…?」


彼は更に腕に力を込めた。小刻みに震える彼に驚いて、でもそんな彼の背中に腕を回した。年下だけど意外と広くてびっくりした。背中を撫でると、三郎達が慌てながらわたし達を取り囲んだ。焦りの声が響く。


「何で…俺達に何も言ってくれなかったんですか…」
「帰るなんて…」
「ごめんね。帰るのは確信じゃなかったし、言いたくなかったの」
「えりかさん…」


兵助くんの腕がゆるりと緩み、みんなの顔を見渡すと、思った通り困惑していた。でも驚いたのは、涙目だったということ。何で涙なんか。わたしのために涙してくれるというの?自惚れかもしれないけど、もしそうなら、とても嬉しい。


「みんな短い間だったけどありがとう。とっても幸せだった」
「そんな…。お礼なんて僕達から言わなきゃいけないのに…」
「そうですよ!!嫌です!えりかさんがいなくなるなんて!私、これを渡そうと思ったのに…!」
「滝夜叉丸くん…?」


滝夜叉丸くんがそっと差し出したのは小さな包み。手を伸ばして、でもその手が透明から“なくなっている”ことに漸く気づい。それを見た彼はびくりと身体を震わせたのを見て慌てて手を引っ込める。たぶん、もう触れないから。


「私達もえりかさんに渡したいものがあるんだ」
「三郎…?」
「これ、」


風呂敷を広げて見せたのは、紅色の生地の小袖だった。女の子らしいけど子供っぽくない、シンプルな小袖。


「わたしに…?」
「そうです。俺達五人で買ってきたんです」
「そう、なんだ。ありがとう、みんな」


受け取ることはできないけれど。その気持ちは嬉しい。幸せだ。いいのかな、わたしばっかりこんなに幸せを貰って。わたしからは何もあげられないのに。


「だから…」
「……」
「だから行かないで…!」
「!!」


肩を掴みながら震える彼は泣いていた。涙は出ていないけど、泣いていた。もうわたしの身体がほとんど消え、肩から上しか残っていないのを理解している。だけど、ない腕で彼の頭を撫でた。


「えりかさん…?」
「兵助くん、わたしをここに連れてきてくれてありがとう。あの時助けてもらわなかったら、きっと今のわたしはいなかったよ」
「………」
「滝夜叉丸くん、無茶は禁物だからね。体調管理はしっかりするんだよ」
「……は、い」
「みんなも、こんな怪しい奴と仲良くしてくれてありがとう」
「……っ」
「恩返しできないのは悔しいなあ」


ああ、そろそろ視界も悪くなってきた。たぶん頭しか残ってなくて、変な状態なんだろう。でもみんなは目を逸らさないでくれる。


「えりかさんは、帰りたいんですか…っ」
「んー?そうだなあ…帰りたいわけじゃないけど、仕方ないからね」
「何で…っ」
「でもね、もし、もし我が儘聞いてくれるなら、」


みんなともっと一緒にいたかった


伝えられたかはわからないけど、わたしの意識は闇に沈んでいった。



******
※久々知視点


えりかさんが消えた。帰ったという方が無難かもしれないが、俺から見たら消えたの方がしっくりくる。空気を掴む手を握り締めると、泣き声を押し殺している平や、ぐっと堪えている同級生を見て、彼女の存在は確かにあったのだと感じた。


「……帰ったんだよな」
「……えりかさんは、帰ったんだ」
「ああ…」
「……俺、学園長に報告してくるよ」
「うん、頼むよ。平、部屋に戻ろう」
「……はい」


勘ちゃんが部屋を出ていき、雷蔵が平に声をかける。ゆっくりとみんな立ち上がり、部屋を出ていく。俺は動けなかった。それを気遣ってか、同級生達は静かに出ていった。残された俺は、そのまま泣いた。



*****


翌日、思いもよらなかったことが起きた。誰もえりかさんの事を覚えていない。否語弊があるかもしれないが、あの場に居合わせた六人以外彼女のことを覚えていないのだ。委員会の後輩に言えば、「そんな人いた?」と軽く流されてしまった。彼女は確かに存在していたのに、始めからいなかったかのよう。彼女がいなくてもいつも通りの空気に吐き気がした。


「どういうことなんだ…」
「異世界から来たから…?」
「じゃあ何で俺達だけわかるんだ」


わかるわけがない。でも苛立ちはみんな一緒だった。それと哀しみも。平には説明したが、余計に辛そうな顔をしている。彼女を姉のように慕っていたそうだ。こんなことになるなら、もっと早くに想いを伝えていればよかったのだろうか。後悔しても、その相手はもうここにはいないのだが。何の解決策も見出だせぬまま、俺達の間には暗い空気が漂っていた。



さようなら


101003
***
まだ続きます

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テーマ「人外ファンタジー」
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