ひなたぼっこ | ナノ


▽ もう止まらない

月見の案を出したのは俺だった。まあ月見はきっかけに過ぎないが、本来の目的はそこじゃない。えりかさんを誘ってある物を渡すためだ。それはこの間五年生合同実習で町に出かけた時に兵助が見つけた。俺達五人の所持金を合わせてもギリギリ足りない金額だったが、嬉しいことに店主が負けてくれた。


「兵助、落ち着け」
「あ?落ち着いてる」
「どこがだよ。さっきからそわそわしやがって」
「そんなにえりかさんが気になるのかよ?」
「ななな何言って…!」


わかりやすい奴め。兵助以外の俺達四人は顔を見合わせて苦笑した。兵助は明らかにえりかさんに惚れてる。本人の前ではそういう振る舞いは見せないようにさりげなくしてるけど、俺達の前だとこれだ。彼女の名前をいつも出す。俺達は反対しない、寧ろ応援しているのだが、兵助は「年下だし…」とか言ってこれ以上進展しようと行動はしなかった。何ていじらしい!さっさと想いを告げればいいのに!というのが俺達の意見だ。


「つーか、そんなに気になるなら手伝いに行けばいいだろ。さっき厨房にいたの見たし」
「!そうか!行ってくる!」


あっという間に姿が見えなくなったあいつに俺達はまた苦笑した。まったく、素直なんだかそうじゃないんだか。



*****



下級生が長屋に帰り一気に静かになると、一年生達や六年生に絡まれ、暴れてくたくたになったえりかさんが隣に腰掛けた。


「ふぃー」
「はは、すっごい暴れてましたね」
「楽しかったからいいのよー」


えりかさんはそう言いながら自分が作った団子に手を伸ばし、なぜかその手を引っ込めた。心なしか青ざめているかもしれない。


「、っ!」
「えりかさん?」
「な、何でもないよ!わたしちょっと部屋に戻るね!」
「あ…っ」


彼女は逃げるように走って行ってしまった。どうしたんだ、と思ってからあることに気づく。


「やっべ…」
「何がやばいんだ?」
「げ、三郎…」
「何だその言い方は。で、何があったんだ?」
「いや…えりかさん戻っちまって…」
「はあ?」


何やってんだこいつ、みたいな顔してるが今回ばっかりは俺が悪い。仕方ない。他の三人の所に行って事情を説明すると、兵助は勢いよく立ち上がった。


「具合悪いのかな…じゃあ何か持って行った方がいいのかな…でもあれも渡したいし…」
「兵助落ち着いて。雷蔵になってるよ」
「具合見に行くのも兼ねてあれ渡しに行けばいいんじゃないか?」
「ああ!そうだな!」
「まずお前は落ち着け」


三郎は一旦自室に戻り、戻ってきた時は風呂敷に包まれたそれを持っていた。俺達からえりかさんへの感謝の気持ち。行くか、と五人共腰を上げると、遠慮がちに声をかけられた。


「あの…先輩」
「ん?お前は四年の…」
「平です。えりかさんを知りませんか?」
「ああ、部屋に戻ったんだ。俺達は今から行くんだがお前も行くか?」
「あ、…はい」


ここからえりかさんの部屋がある六年長屋までそう遠くはない。後ろを歩く俺は平をちらりと見た。小さな包みを持っている。


「平はえりかさんに何の用があるんだ?何か渡したいモンでもあんのか?」
「え、あ、はい。紅を…」
「紅?」
「はい。えりかさん、化粧とか何も持っていないと聞いたので。私の所持金ではこれくらいしか買えませんでしたが…」


少ししょんぼりとしてしまった後輩を見て、彼女は慕われているんだな、と改めて感じた。頭をがしがしと撫でてやると、案の定驚いたのか目を見開いている。


「えりかさんは喜んでくれるさ。俺達も小袖を贈ろうと思ってな!」
「小袖ですか…」
「あの藍色の小袖は学園のだし、あとはくのたまの忍装束だろ?まあ俺達の金じゃ高いのは買えなかったけどな」
「……えりかさん、きっと喜んでくれますね」
「な!」


部屋の近くに来ると、心なしか兵助が緊張しているような気がする。何だよ今更。第一告るわけでもないのに、女かお前は。そう言ってやろうと口を開く前にどこからか小さな啜り泣きが聞こえた。途端に全員が息を殺して音の出所を探す。探すまでもない、えりかさんの部屋からだ。少し戸惑いながら近づくと、彼女が泣いているのだと気づいた。どうして、と兵助が呟いたのが聞こえた。ここは静かにしておいた方がいいかもしれない。来た道を戻ろうとすると、消えそうな驚く言葉が聞こえた。


「……お世話に、なりました…っ」


兵助は止める間もなく勢いよく戸を開いた。慌てて俺達も中を見るが、さっきの言葉よりも驚く光景がそこにあった。


「えりかさん…!?」


えりかさんの身体が透けていた。


もう止まらない

101002

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -