▽ もう止まらない
ぐつぐつと沸騰するお湯に浮いてきたわたし作の白玉を掬い上げる。おばちゃんには許可を貰ったから、少し悪いと思いながら材料を拝借した。量はそんなに作れないけど、お月見団子にはなるかな、と仕上げのみたらしを垂らして完成。やることも全部終わったし、あとはこれを持っていけばいいだけ。
「えりかさん」
「兵助くん!どうしたの?」
「いえ、手伝おうと思いまして」
「本当?ありがとう、じゃあこれ持っていこうか」
「はい」
タイミングよき現れたのは兵助くんだった。もう気が利いていい子ね!団子が乗った皿を一つずつ持ち、五年生の長屋に向かう。場所の変更はなかったらしい。
「もう皆揃ってる?」
「そうだな。六年生や八達はもう酒も入ってる」
「早っ!一年生もいるのに?」
「まあ、軽くだけどな」
そんな会話をしていたらあっという間に着いてしまった。いやいや、これはかなりの宴会に近いね。文次郎は強いのかどんどん飲んでるし、小平太は走り回ってるし、一年生は踊ってる。どんちゃん騒ぎとはこのこと。
「お団子持ってきたから食べてねー」
団子を縁側に置いてから五年生の輪に入れてもらうと、三郎におちょこを渡され、少し渋った。まあ、一杯くらいならいいよね(真似してはいけません)。
「えりかさんお疲れさまー」
「お疲れさまー」
「ありがとー。皆もお疲れさまー」
「お疲れさまー」
「はは、何やってるんですか。勘ちゃんのマネ?」
「うん。雷蔵くん今日もかわいいね」
「……はい?」
「……もしかしてえりかさん、酒回った?」
「はは、そうかも。なんかすっごい元気になった」
「早っ」
なんか妙にテンション高い。そのテンションのままに皆に絡みに行くと、最初は引かれたけど元々皆この空気に感化されてテンションが可笑しかったからそんなに気にしないらしい。
「あ!その髪紐!」
「ん?用具委員の子達に貰ったやつだね。ちゃんと使ってるよ」
「わーい!」
あああ何なのこの可愛さは罪!堪らなくなって近くにいた平太くんに抱き着いた。あうーとか可愛い声をあげてくれたのでもう堪らない。僕もー!と次々に一年生が抱き着いてきたのでわたしは耐え切れず倒れ込んだ。
「あわわー」
「あはははっ」
「あ、笑ったなー!」
笑ったきり丸くんを追いかけ始めると、他の子達も一緒になって走りはじめる。そうしてる間に時間は過ぎ、下級生は自分達の部屋に帰って行った。
「ふぃー」
「はは、すっごい暴れてましたね」
「楽しかったからいいのよー」
お腹すいた、と少しだけ残っていたお団子に手を伸ばすと、気づいてしまった。手が薄くなっていることに。
「、っ!」
「えりかさん?」
「な、何でもないよ!わたしちょっと部屋に戻るね!」
「あ…っ」
八くんがわたしを呼んでいたけど、逃げるようにその場から去った。走って自室に入り後ろ手で戸を閉める。途端にさっきまでの賑やかさは消えてわたし一人だけの空間になった。よろよろと部屋の真ん中辺りまで歩き、座り込む。恐る恐る手を見ると、もう腕まで透けていた。脚は疎か腰辺りまでそれは進行している。いよいよ消えるらしい。
「はは…消えるなんて、なんて呆気ない」
呟いた声は部屋に響くだけ。それが妙に悲しくて、ついにじわりと涙が滲んだ。嗚咽が漏れ始める。
「…う…っ」
我慢できなかったそれはどんどん溢れ出し、床に染みを作っていく。まるで走馬灯のようにこの二ヶ月間のことが頭を過ぎり、充実して幸せな時間だったと改めて思った。もう少し、もう少しだけ、まだここにいたかったかも。イレギュラーだとわかっていても。
「……お世話に、なりました…っ」
そう呟いた時、勢いよく戸が開かれた。何で、その言葉は出てこなかった。
「えりかさん…!?」
ああ、見られてしまった。
もう止まらない101002