▽ 深緑の理解者
あのあと学園に帰って、引き続き伊作くんにちゃんと手当てをしてもらって詳しく聞いた。利吉さんが発見し、忍術学園に知らせてくれたらしい。それを聞いた学園長先生が、自主参加でわたしの救出を命じたところ、全員が参加してくれたらしい(それだけで十分です)。利吉さんは誘導と囮で混乱を作って、その間に五六年生がわたしを捜す予定だったけど、わたしが表に出ていたので急遽作戦を変更したらしい(申し訳ない…)。その利吉さんは軽く処理してから帰るから遅くなると伊作くんは言った。
(ていうか茜さん大丈夫かな…)
無事逃げたら落ち合うことになってたけど、その前に兵助くん達に助けられたからすっかり忘れてた。何も言わないで勝手に帰ってきてしまったから悪いことをしてしまった。茜さんがいたからがんばれたのに。この時代に携帯電話はないし電話もないから連絡のしようがない。風魔だというのはわかっているから、手紙を頼んでみようか。
「えりか、起きてるか?」
そろそろ寝ようとしたとき、襖に人影が映った。寝間着だったけどいいか、と了承の声をかける。
「失礼します。夜分にすまない」
「ううん、大丈夫。どうしたの、仙ちゃん?」
寝る前だったから一度消した明かりにもう一度灯を点けた。仙ちゃんが腰を下ろすと火がゆらりと揺れた。
「怪我は大丈夫か」
「あ、うん。でも新野先生には傷が治るまで三日くらい安静にしてなさいって」
「その方がいい。第一その足では歩けまい」
「そこなんだよね…」
足の裏も膝も傷は深くはないものの、あるくと擦れて痛い。仙ちゃんはそれを包帯の上から撫でた。恥ずかしいしこそばゆい。
「せ、仙ちゃん…」
「すまなかった」
「…え?」
足の包帯を撫でていた手は、荒れた手に移動していた。どうして、謝るの。怪我はわたしが勝手にやってしまったことだし、手も仕方ない。どう考えても仙ちゃんのせいではない。
「もしや、間者なのではと疑っていた」
「、っ!」
「この傷を見るまで」
「……え」
仙ちゃんは目を伏せ、包帯をただじっと見ている。わたしは声も出せずに次の言葉を待つしかなかった。すると少し遠慮がちに口を開いた。
「間者なら、くの一ならこんな怪我など作らない。全て自らの手でこなせるよう修行を積むからだ」
「…」
「たとえ演技だとしても、もっとうまく作る。しかし貴女は不器用すぎる」
「…(褒められてるのか貶されてるのか微妙なラインだな…)」
「それに、」
そこで一旦言葉を切る。言いにくいのか、視線を僅かに泳がせている。仙ちゃんがこんな表情を見せるとは思っていなかったから、逆にわたしが狼狽えてしまった。
「聞いてしまったんだ」
「聞いた?」
「先生方が話していたのを偶然。貴女が異世界から来た、と言っていた」
「…っ!?」
びくり、と身体が震えた。知られてしまったの。でもそんな話信じるわけない、よね。
「……それを聞いた時、もちろん冗談だと思った。異世界など聞いたこともないし、第一貴女は普通の人間だ」
「……」
「…話したくはない内容なのだろう」
「……、あのね」
「いや、」
言おうと口を開いたわたしを手で制した。首を横に振り、言わなくてもいいと言ってくれた。それにまた涙が零れそうになって慌てて言葉を絞り出した。
「、どうして」
「仮に貴女が私たちに話していないことがあっても、それを聞いた所でさして問題にはならないからだ」
「何で?どこの誰かもわからない怪しい人間なんだよ?」
「本当に怪しくて疚しいことをしている人はそんなこと言わない。それに、」
途中で言葉を切った仙ちゃんを不思議に思い後ろを向くと、そこには六年生の面々が立っていた。驚くわたしを余所に、彼等は突然頭を下げた。更にわたしは驚いて、慌てて頭を上げるように言った。
「み、みんなやめてよ…っ!」
「俺たちも聞いていたんだ」
「一度でも疑った」
「悪かった」
「すみませんでした…っ」
「……謝ることないじゃない」
わたしが呟くと、不思議そうな顔で頭を上げてくれた。頭を上げてくれたことに安堵してからわたしは一度呼吸をした。
「そんな話聞いたら誰だって疑う。それに貴方たちは忍者。警戒して当たり前でしょ」
「しかし、貴女は学園のためによくやっている。それは学園の誰もがわかっていることだ」
「感謝すれべきなのに、一つの情報だけで揺らいでしまった」
「俺達は貴女を疑いたくない」
「み、みんな…っ」
みんなの真摯な眼がわたしを射抜く。耐えきれなかった涙がぼろぼろと零れ落ちる。わたしはなんて幸せ者なんだろう。いつか罰が当たるんじゃないかと思うほどに恵まれている。
「ありがとう…。もう、隠さないよ」
話そう、わたしの世界を。
深緑の理解者100504