弐
久方ぶりに訪れたそこは、相変わらず堂々と立ち聳えていた。門を叩けば抜けた声が返事をする。
「はーい…。あ、椎蓮先輩!?」
「久しぶりね、秀作」
久しぶりに会った後輩は事務員として立派に勤めているようだ。前に来た時は学生で進路に悩んでいたみたいだけど、彼の話を聞くと今の仕事は合ってる気がする。まあ本人次第だけど。挨拶も程々に学園長の庵に向かう。今回は珍しく生徒に会わなかった。
「失礼します、学園長。椎蓮です」
「おお!椎蓮か!入りなさい」
「はい」
戸を開けると、何年経っても変わらない学園長が微笑んでいた。わたしもつられてへらりと笑う。学園長はわたしの第二、乃至第三の育ての親である。家に帰ってきたかのような感覚だった。隣には土井さんもいる。
「お久しぶりです学園長、土井さん」
「いつぶりかのぅ、お前が来るのは」
「そうですねぇ、一年程ではないでしょうか」
「もうそんなに経つか。お前にしては珍しく開いたな」
「今回の任務は遠方でしたから。少々長引いてしまいましたし」
今回は後からちょくちょく仕事を追加されて、面倒臭い雇い主だった。それがなければもっと早く帰ってきたのに。
「ところで椎蓮、一つ提案があるのだが」
「何でしょう?」
学園長はコホン、と一つ咳ばらいし急に真面目な顔をしてわたしを見た。忍務の話だろうか。
「椎蓮、ここに住みなさい」
「……………は?」
思わず間抜けな声が出てしまったが、学園長は気にした様子も見せずにこにこと笑った。土井さんは呆れたようにため息をついた。
「ちょうどお前の話をしてたんだ。どうせここに泊まる時以外は野宿でもして凌いでいるんだろう?」
「え、まあ…(ばれてた…)」
「嫁入り前の娘が野宿など…。山賊にでも襲われたら、お前に限ってやられることはないと思うが、危険なのには変わりない」
「はぁ…」
「だが!学園にいればその心配もいらん!生徒達めお前に懐いておるしな」
「でも忍務が入れば空けなければいけませんし、今とほぼ変わらないのでは…」
「そこでだ!」
学園長の目が輝いている。嫌な予感しかしないけど、きっといいこと思いついたんだろうな。土井さんは相変わらず苦笑している。
「フリーから教師に転職しなさい!」
「え、はぁ!?」
また何を言い出すか!わたしが教師なんてできるわけがない。知識はあるが座学は授業で教えるとかできない。どちらかと言えば実技は得意だけど…。しかも研修を通していない。それを察したのか学園長は言葉を続けた。
「無論初めは実習生として全学年の授業を経験し、その後正式に教師として迎える。どうだ?」
どうだ、ってわたしに拒否権はないくせに。まあ、わたしに損はない提案である。ただ少し申し訳なかった。すると今まで黙っていた土井さんがこっそり耳打ちしてきた。
「(学園長先生、ずっと心配していらしたんだ。それで思いついたんだよ)」
それを聞いて思わず笑ってしまった。嬉しい。居場所が居場所を生み出してくれた。これに抵抗する程、わたしは愚かではない。
「わかりました。まずは教育実習生としてよろしくお願いします」
「うむ!」
学園長は火影様に似ている。孫のように接せられるのは嫌いじゃなかった。
110130
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