鬼灯 | ナノ

拾陸


突然、そう突然身体が持ち上げられた。気配を感じ取れないくらい意識を落としていたこともあり、突然のことに思わず咳き込んだ。わたしの肺活量は何十分息を止めていても問題はないが、流石に性急に入り込んできた酸素には対応しきれなかったらしい。


「っげほ、げほっ」
「何してるんだ!!死ぬ気か!?」
「……?」


彼はびしょ濡れになりながら息を荒げ叫んた。状況が理解できずにぽかんとしていると、彼は何を思ったのか、わたしを抱えて歩き出した。全身濡れている上に胸元まで浸かっているため水の抵抗があるはずなのに、彼は力強く岸へと歩いた。わたしは何も言うことができずに彼の腕の中でじっとしていた。

浜辺まで来ると漸くわたしを降ろし、自分のだろう上着を掛けてくれた(恐らく海に飛び込む前に脱いだのだろう)。名前は、何だっただろうか。


「あの…」
「ったく、貴女は教師だろう?生徒を悲しませる気か」
「だ、だから…」


弁解の余地がない。どうやら彼はわたしが自殺を謀ったと勘違いしているようだ。


「貴方は何か誤解しています」
「え?」



**********



「すまなかった!!」


そう言って深々と頭を下げる彼は義丸さんと言うらしい。事情(というか事実ただ海に浸かっていただけ)を言うと、彼は見事に謝ってきた。


「いえ、わたしも誤解を招くような行為をしていましたし。もう頭を上げてください」
「本当に申し訳ない…」


色男が眉を下げている様は何とも言い難い。世の女性が好む顔立ちなのだろう。わたしは色恋には興味がないからわからないが(婚期を逃す原因でもある)。


「こんな時間に海に入って、しかも長く浮かんで来ないから、」
「それは本当にすみませんでした。長く潜るのは得意でして…」
「はぁ…、無事ならいいんだ」


今度はこちらが頭を下げる。意識も最低限まで下げていたから余計に溺れているように見えたのだろう。まさか見られていたなんてね…。


「海が好きでないと聞いたんだが…」
「ああ…」


舳丸さんから聞いたのか。好きでないものに長く居たくないと言ったのに入って行ったから、余計に驚かせてしまったのだろう。


「少し、苦手なだけですよ。考え事をしていて、入ってみたくなったんです」
「そうか…」


それ以降会話はなくなり、さざ波の音のみが響く。改めて見ると、晴れた夜空と海は美しい。ただ浮かぶ月と海はどうしても思い出してしまう。帰りたいと、逢いたいと、心の奥に仕舞っておいた気持ちが沸き上がって来てしまう。それは、空しいだけなのに。


「綺麗だろう」
「……はい」
「海は生の始まりだと言われている。だがそれと同時に終わりだとも」
「……」
「空が唸れば海も怒る。大地が揺れれば海も荒れる。海は全てに繋がっている。時に生み出し、時に奪う」
「……奪う」
「海に出ると如何に自分がちっぽけな生き物か思い知らされる。だから余計に燃える。美学とか、そんな大層なモンじゃない。ただの俺の海への思いだ」


静かに語った彼はそう締め括った。水軍たるもの、いつも海と向かい合い生きている。だからこその考えだ。わたしとはまた違った、海に対しての思い。過去から抜け出せないわたしとは反対の。


「………綺麗ですね」
「…ああ、綺麗だ」


海は静かに揺らいでいた。ねえ九尾、わたし少しだけわかったかもしれない。進めてなかった。だから今から進む。だって海はこんなにも広く大きくて、わたしを包んでくれた。月は見守ってくれた。生きよう。忘れるわけじゃない。ただ奥に仕舞って、今の思い出をたくさん重ねていこう。

漠然とだけど、確かにそう思った。九尾が笑った気がした。


120502
何か語って義丸じゃなくなってますが義丸です。捏造すみません。とりあえず夢主の考えがちょっとだけ変わったよ、と言いたかった。深くはないです。
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