拾伍
別にわたしは海が嫌いなわけじゃない。嫌悪感があるわけではない。見ていられないわけじゃない。ただ、何となく苦しいのだ。
何となく頭が冴えてしまい、ぐっすりと眠る子供達を起こさないように仕切りの外に出た。ちなみにわたし達は水軍館ではなく、近くの林で野宿である。まあ今日は天気もいいし気温も低くない快適な状態だ。
水軍館からも少し離れた砂浜まで離れ、海を眺めた。雲一つない空は綺麗に星が瞬き、月と共に水面に反射している。夜風が頬を撫でた。
「綺麗…」
黄色い光。同じ色の二つの頭を思い出す。ああ、会いたいなあ。
「好きではない、ねえ…」
昼間の会話が脳裏を過ぎる。いい加減この不安定な気持ちをまとめたいものだ。帯を緩め小袖を脱いだ。中着の状態になったまま海に足をつける。昼間とは違いひやりとしていてぞくりと身体が震えた。
そのまま躊躇いなく胸元の辺りまで浸かる程の深さまで進むと、一度海を見てみる。月光の下と言えど今は夜。そこにあるわたしの身体すら見えないほど暗い。今度は空を仰ぐ。浜辺よりも空が近く見えた。海に光が反射しているからだろうか。
「どうしたらいいのかなぁ…、父さん…母さん…」
そのまま身体の力を抜く。ぱしゃりという弾ける音と僅かな衝撃に目を閉じ、落ち着いた頃再び目を開く。光が不思議に揺れていた。口からは気泡がコポコポと吐き出され浮かんでいき、光と同化した。肺にある空気を全て吐き出すかのように絶えず気泡を作り出すと、自身の身体は沈んでいく。暗い海に、沈んでいく。
「(どうするも何もないけどね…。変わることもないし…)」
こぽり。目を伏せて流れに身を任せていると、不意に胸の奥がざわついた。
《………変わらないのか》
「(…あら、久しぶりね)」
闇の中にいて弱ったのか、眠っていたあいつが起きた。こちらに生まれ落ちてから幼い頃に一度だけ、こうして話しかけてきて以来だった。
《随分弱っているみたいだな》
「(貴方が出てくるってことはそういうことみたいね)」
《昔を思い出したんだろう。前もそうだった》
「(わたしの弱点ね…)」
彼らを思い出すとどうしても感傷的になってしまう。このことを知っているのはわたしのみだから弱みになることはないけど、こうして不意に考え込むのはわたしの悪い癖だ。
《そんなんだと俺が食ってしまうぞ》
「(ふふ…怖いわね)」
《お前な…》
彼、九尾は溜め息を吐いた。九尾といっても九尾の影だ。何らかの形で本体から引きはがされ、赤ん坊であるわたしに封印された。チャクラもあるし意識もある。ただ切り離されたてから時間が経っているからか、最早別の存在として確立したらしい。
「(帰りたいわ…)」
《ついに弱音か》
「(貴方だから言えるのよ)」
九尾の意識は穏やかにわたしを包む。前世と今を繋ぐ唯一でもある彼はわたしにとっての救いでもある。わたしのことは何でも知っている相棒のようなものだし。
《お前は変わりつつある》
「(九尾…?)」
《未だそれに気づかないのは己で己を否定しているからだ。お前は前を見れていない。足元ばかりでは見えるものも見えないぞ》
「(そんな、わたしはちゃんと前を…)」
《見れていない。向き合えていない。いつまでごまかすつもりだ》
ずきり、と胸が痛んだ。わかってる。自分が何を拒んでいるのか、何を望んでいるのか。ただ、子供のように駄々をこねて認めたくないと目を背けているだけなのだ。ああ、やっぱり九尾には分かってしまうのだ、わたしのことは、わたしよりも。
「(…どうしたらいい、九尾)」
《……お前は》
ばしゃっ
「大丈夫か!?」
突如拓けた視界と声にわたしは対応が遅れた。目の前にいるのは九尾ではなく人間の男性だった。
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長くなったので切ります。
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