鬼灯 | ナノ

拾参


建物に入ると、水軍の方が厨房に立っていた。わたしの次の仕事はこれだ。


「あの、すみません」
「あ、はい何でしょう?」
「昼食のお手伝い、してもよろしいでしょうか」
「え!?」


割烹着を着た蜘蛛柄の男の人が手元の包丁を落とした。カランといい音が鳴る。え、何何?


「い、いえいえ!忍術学園の先生ですよね!?」
「はい、そうですよ。と言ってもまだ教育実習生ですけど」
「そ、そうなんですか…」
「子供達も問題ないみたいなので、宜しければお手伝いさせてくださいませんか。女として一つ」
「え、ええっ!?…わ、わかりました」


戸惑いながらというか慌てながら承諾してくださった彼は、鬼蜘蛛丸さんという方らしい。割烹着が似合う男の人ってそうそういないと思う。


「あの、椎蓮さんはいつから教師を目指したんですか?」
「目指したというか、ほぼ強制ですよ。元々フリーのくの一でしたが、学園長に言われまして」
「そ、そうなんですか。ということはプロ忍というやつですよね」
「ふふ。そんな大層なものじゃありませんよ」


軽く談笑しながらも手は休めない。でも鬼蜘蛛丸さんは時々吃ったり包丁を滑らせたりする。最初に見た手捌きからして料理には慣れていると思うけど、どこか危なっかしい。


「できましたね」
「はい。ありがとうございます」


あれよあれよという間に昼食の準備は終わった。鬼蜘蛛丸さんは終始危なっかしかったのけど、できた物は新鮮な魚を使った最高の物だ。流石水軍。


「じゃあ皆を呼んで…、うっ!」
「お、鬼蜘蛛丸さん!?」


彼は急に口元を抑えうずくまった。顔は青ざめているし何より吐きそう。


「どうしました!?あ、桶!」
「あ、ありがとうございますうぇっ」
「喋らないで!」


数字が書いてある桶を見つけ、とりあえず渡すと彼は忽ち嘔吐した。背中をさすって促すと、彼は大人しく吐き出す。熱はないようだし、風邪ではなさそうだけど、持病か何かだろうか。いやでもさっきまで元気だったし。


「(影分身で人を呼んで来ようか)」


印を結ぼうとした時、足音が聞こえてそちらを見ると、藍色の髪をした男の子が戸から顔を覗かせた。年齢で言えば秀作くらいだろうか。


「鬼兄ー、飯まだ…って、何事!?」
「鬼蜘蛛丸さん、いきなり戻してしまったの。何かご病気が?」
「え?ああ、それなら大丈夫ですよ。ただの陸酔いですから」
「陸、酔い?」


一瞬、意味がわからなかった。船酔いじゃなくて?


「鬼兄、船の上ではすごいんだ。でもそのかわり陸には滅法弱くって」


海水持って来るねー、と言った後彼は小屋を出て行った。陸酔い、まあ気分は悪そうだけど命に別状はないなら大丈夫だろう。


「あの、すみません…」
「ん?」
「陸酔いなんて…みっともない所を…」
「いえ。酔いは誰しも苦手ですよ。それが船上か陸上がという違いだけです」
「(結構違うと思う…)」
「わたしも海は、少し苦手ですしね」
「え?」


キョトンとした彼にごまかすように笑顔を向け、直ぐに戻ってきた藍色の彼に鬼蜘蛛丸さんの介抱を任せて外にいる皆を呼びに行った。わたしはなぜか海を直視できなかった。それもそれだ、と心を変えて昼食に有り付いた。それはとても美味しい海の味だった。




110613
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