▽ 何モ知ラナイクセニ
今日は小松田くんが実家に帰省したので門番の係だったのを思い出し、と慌てて門まで行くとそこには例の彼女が箒で地面を掃いていた。珍しいこともあるもんだ、と内心皮肉を漏らしながら駆け寄ると彼女はこちらに気付いたようでにこりと笑った。
「あ、門番は私がしますよぉ」
「え?でも茉美ちゃんは今日事務の担当じゃなかった?」
「今日はやることが少なくて早く終わったんですぅ。だから私が代わりにやりますよぉ。えりかさん食堂のお手伝いもあって大変でしょ?」
「まあ、そうだけど…」
確かに彼女の言う通りこのあとは夕飯の下拵えをしなければならない。まあやると言ってくれているし、ここは彼女に任せよう。
「ありがとう。じゃあお願いね」
「はぁいっ」
語尾にハートが付きそうなくらいキャピキャピと返事をした彼女を見て、一歳差なのを疑った。女子高生のテンションって怖いわ。
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夕飯も終え、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、向かい側から文次郎と留三郎くんがずんずんと歩いてきた。湯浴みかな、と避けようとするといきなり肩を掴まれ壁に叩き付けられた。何が起きたのかわからなかった。身体が壁にぶつかった途端にだんっ、と凄い音が耳元で聞こえたような気がしたが、まず混乱して状況が理解できない。でも掴まれたままの左肩に力を籠められぎり、と痛みが伝わり漸く我に返った。
「な、何…いたっ…!?」
「惚けんじゃねぇよ」
「っ!?」
どすの利いた低い声に、自分の意思とは関係なしにびくりと身体が震えた。わたしの肩を掴む文次郎は怒りを露わにわたしを見据えている。後ろの留三郎くんは手を出さないけど、その表情は怒りに満ちていた。
「あんた、自分が何したかわかってんのか?」
「……え?」
「あんたが仕事をちゃんとやらねぇから茉美さんが怪我をする所だったんだ!!」
わたしが、仕事をしていなかった?いやまさか。午前中は朝食も昼食も手伝ったし、洗濯も最後までやった。あとは事務の仕事も整理だけだったけどきちんとやった。それにわたしの仕事は基本的彼等に直接は関わらない筈だ。
「おい文次郎、お前力に任せ過ぎだ」
「あぁ?」
「一応事情があんのかもしれねぇだろ」
「……チッ」
舌打ちされながらも渋々離された肩がじんじんと痛い。手加減を忘れたかのような、敵を見るような彼らの視線。ただ、恐かった。
「あんた、今日門番の係だったそうだな」
「え、うん。でもそれは」
「自分の仕事がわかっていたのにやらなかったのか!!」
「は、?」
「あんたが門番を茉美さんに押し付けたせいで彼女は事務の仕事に行けず、更に侵入者にまで襲われそうになったんだぞ!!」
頭が一気に冷たくなった。何だ、それ。耳を疑った。仕事を押し付けた?事務の仕事に行けなかった?逆じゃなかいか。門番は彼女が買って出たのだし事務の仕事は終わったと言っていたじゃないか。侵入者の件は聞いていたからわかるけど、とんだ八つ当たりじゃないか。彼女はわたしを目の敵にしている。成る程、わたしは嵌められたらしい。
「(典型的…。自分が愛されたいから悲劇のヒロインを演じるの?)」
彼女も彼女だけど、天から降ってきたという怪しい娘を信じて疑わない彼らも忍者としてどうかと思う。少なからず彼女よりは付き合いの長い彼らに信用されない所か、話を聞いてくれないのも寂しいけれど。
「黙っているということは事実なのか」
「……違うよ。彼女が代わりに門番をやるって言ったんだよ」
「保身か」
ほらね、彼女に心酔している彼らはわたしの話なんか信じない。聞こうともしない。彼女が来てから彼らは変わってしまった。
「わたしはちゃんと自分の仕事をやってるよ。やってないのはあの娘の方でしょ」
「……っ、彼女を知らないくせに…!!」
あ、やばい。そう思った時は既に遅く、床の木目が目の前にあった。脳が揺れて目の前がチカチカする。誰かの慌てた声が聞こえたような気がしたが、そのまま意識を保てずわたしの意識は切れた。
101120