ひかげぼっこ | ナノ


▽ 空ガ遠クナル


天女様が降りて来てから数日、彼女は遂に食堂に来なくなった。否語弊があるが、食堂の手伝いには来ず、生徒と一緒にご飯を食べに来るのだ。六年生は彼女に心酔しているらしい。誰もが彼女の気を引こうと必死になっているのを見ると、最上級生なのに、という怒りよりも哀れみが勝る。


「……そしてわたしも自分自身に哀れみを送るよ…」


最近慣れたと思っていたのに風に舞った手拭いを追っていたら急に空が小さくなった。嫌でもわかる、蛸壷だ。


「おやまあ、珍しい」


不意に影がさしたと思えばこれを掘った張本人がこちらを覗いている。相変わらずな彼に苦笑しながらも助けを求めればすんなりと引き上げてくれた。


「ありがとう…と言いたい所だけどここって競争区域じゃないよね?」
「おやまあ」
「わざとね…。もう、わたしだったからいいけどもし天女様だったらどうするの?(後が面倒臭いんだからあの娘…)」
「………えりかさんもですか」
「?」


天女様の名前を出すと途端に彼は俯いた。どことなくムッとした表情に見える。


「……もしかして他の人にも言われたの?」
「……立花先輩に。前は蛸壷、お前のは綺麗だなって、もっと掘れって言ってくれてたのに…」
「……」
「もう掘るな、って言われました」


喜八郎くんは悔しそう、というよりは悲しそうに顔を歪めてわたしの割烹着を掴んだ。きっと彼は尊敬していたに違いない。褒めてもらいたくてやっていたことなのに、当の本人はそれを忘れて女に構っている。


「(学園が腐る)」
「えりかさん…恐いです…」
「大丈夫。きっと時間が経てば元に戻るよ。わたしだって何も変わらないんだから、ね」
「はい…」


頭を撫でると、喜八郎くんは大人しくわたしの腕にしがみついた。こんなにも弱々しい彼を見るのは初めてで、天女の害が広まっていくのが目に見えて恐ろしかった。でもわたしはこの問題に口は出さないつもりでいる。これは学園が自ら抱えた問題であり、元々部外者であるわたしはその権限はないと感じたからだ。

ただ、こうやって陰で泣く幼子達を慰めるだけのわたしも、彼女とそう変わらない狡い人間だと、一人で嘲笑した。

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