ひかげぼっこ | ナノ


▽ 天誅ガ下サレル


深い森の獣道を進んでいくと、予定通り八と綾部が岩の陰にいた。


「付けられてないか?」
「大丈夫、勘ちゃんが見張りしてる。そっちは?」
「孫兵がやってるから心配いらない」


見張りは勘ちゃんと伊賀崎、そして生物委員会が飼っている狼。何かあったらすぐに連絡をするだろう。


「これか」
「はい。自信作です」
「完璧だな」


綾部の足元には人一人分の幅の小さな穴。だが覗けば底が見えないほど縦に深い。岩陰になっていることもあり埋めてしまえば殆ど見えなくなるだろう。


「来たぞ」


がさがさと草を掻き分けて進んできたのは雷蔵だ。肩には例の女が担がれている。どうやら気を失っているようだ。その後ろからはえりかが姿を現す。


「お疲れ雷蔵。……三郎、その格好で歩き回るなよ」
「えー、だって気に入ってるし。後で使うからいいじゃないか」
「…………」
「はいはい、止めてよ二人とも!さっさと済まそうよ」
「そうだな」


天女を起こさないように地面に降ろしてから、素早く縄で身体を固く縛った。よく見ると青ざめているのがわかる。


「ああ、毒が回ってきたんだな」
「毒?」
「そ。こいつ毒を盛ってえりかを殺そうとしたんだ。逆に食わせてやったけど」
「馬鹿ですね」
「馬鹿だな」
「よし、じゃあ起こすぞ」


竹筒の水を顔に掛けてやると、天女は目を見開いた。途端に咳き込み嘔吐する。


「うわっ…」
「もう俺達がやらなくても死ぬんじゃないか?」
「いや、それだと私達の気分が晴れないだろ」
「そうそう」
「でもこれだとやり甲斐がないですよねー。つまんない」
「まあ、そう言うな」


八が狼を呼んだ。それを見て天女は小さな悲鳴を上げる。がたがたと震えだし、これから何が起こるのか漸く察したようだ。


「な、何…」
「何でしょうね。貴女が知る必要はない」
「ら、雷蔵くん…」
「気安く名前を呼ばないでください、気持ち悪い」
「ひ、酷いよ…」
「酷い?何が?粥に毒を盛ったことが?それは酷いね」
「あ…あっ」
「私達、あんたが嫌いなんだよ」
「だから消えろ」


八のその言葉を合図に狼が天女の肩に噛み付いた。血飛沫が舞、彼女は叫んだ。すぐに口を手ぬぐいで塞いだが、煩い。八と俺で天女を持ち上げ、足から綾部の蛸壷に放り込んだ。彼女が始めに着ていた着物も同時に適当に入れる。天女はまた嘔吐を繰り返す。自業自得で笑えてくる。天女がこちらを見上げた。


「あ…あ…へい、す…」
「名前を呼ぶなと言われなかったか。俺は俺が信じた者しか認めない。俺はお前の物じゃない」
「そうそう。“二番目に好き”な私もね」
「、あ…!?なん…っ」
「愚かだな。さあ、そろそろ終わりだ」


俺は苦無を構えて天女に向けた。必死に命乞いをする天女に一切感情は持たず、腕を思い切り振りかぶりそれを放った。肉を断つ音と同時に天女の声が途切れる。瞳に光を失ったそれを隠すように、土を被せていく。


「うわ、上向いたままだ」
「目開いてるぞ」
「早く埋めよう」


小さな蛸壷はすぐに埋まった。何の痕跡も残さずに。後悔はしていない。俺達はやるべきことをやったに過ぎない。皆清々しい顔をしていた。


「さて、授業に戻るか」
「先輩方にばれてなきゃいいな」
「大丈夫じゃない?今の先輩方なら。それにろ組がごまかしてくれてるよ」
「そういえばろ組って妙にえりかに懐いてるよな。何で?」
「ろ組の一部が授業サボった時にえりかに見つかったんだよ。それで天誅喰らってそれが広まったんだ」
「あー…、兄から教わったっていうあれかー…」


えりかは授業をサボることに極端に厳しい。俺達が今サボっているのを知ったら全員天誅の餌食だ。絶対にボロを出してはいけない。


「とりあえず俺達五年はこのまま授業に戻ろう。お前達も、なるべく迂回して学園に帰れよ」
「はい」
「じゃあ、」


途端に全員別れる。天女という存在は、初めからなかったかのように。

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