ひかげぼっこ | ナノ


▽ 夢見ノ淵


肌に当たる冷たい感触で意識が浮上する。未だはっきりしない頭のまま目を開くと、兵助の顔が視界に入った。


「へ、すけ…?」
「……まだ寝てろ。熱があるんだから」


どうやらわたしの額にあるのは兵助の手で、ひんやりとして気持ちいい。身体は火照って怠いけど、意識は何とか保った。外はもう暗く、月明かりと蝋燭の仄かな光だけが部屋を灯している。


「わたし…」
「夕飯の最中に倒れたんだ。八達が運んでくれたよ」
「そうなんだ…夕飯は?」
「勘ちゃんと三郎がやってくれた。さっきまでいたんだけど、皆帰ったとこ」
「ごめんね…、迷惑、かけちゃった」
「…そう思うなら早く熱下げて元気になってくれ。下級生も心配してた。三年も押しかけてきて大変だったんだぞ」
「はは…。そりゃ寝てられないね…」


熱のせいなのか頬が緩みっぱなしだ。兵助の手が離れて今度は水にで冷やされた布が当てられる。


「腹は減ってないか?」
「ん、大丈夫」
「じゃあ寝た方がいい。まだ熱は下がってないからな。明日も安静にしとけよ」
「んー」


兵助に髪を撫でられ、そのまま気持ち良さに負けて静かに意識を手放した。




********




「…………」


すぅすぅと寝息を立て始めたえりかを見て一先ず安心した。一度起きたお陰か先程より安定したようだ。彼女が倒れたと聞いたのは食堂に向かっている最中だった。真っ先にえりかの元に行きたかったのに担任に呼ばれ雑用を頼まれてしまった。一応学園公認だと自負しているから考慮してくれると思ったのに、俺の考えも甘かったようだ(えりかも甘やかしてほしくはないと言っていたが)。彼女は天女に嵌められたと、平と綾部から聞いた。綾部が近くで塹壕を掘っていて一部始終見ていたらしい。服は着替えたみたいだが髪はまだ湿っていて、きちんと拭かなかったことが目に見えている。更に最近涼しくなってきたから、冷たい風に当たり冷えてしまったのだろう。疲労も溜まっていたのかもしれない。


「…………くそっ」


また、間に合わなかった。しかも天女は俺に好意を抱いていて、恋仲であるえりかに標的が向かったというのだ。理不尽な天女も許せないし、何より俺自身も赦せなかった。彼女を傷つけることしかできない。いっそ彼女から離れた方がいいんじゃないか?


「(………嫌だ)」


俺は彼女が消えて、再び現れた時誓ったではないか。もう離れないと、離さないと。ならば俺が、俺達がやることは一つ。


「……待っていてくれ、えりか。すぐに元に戻すからな」


俺達五年生は何も変わっていない。俺達が結ばれてからもその関係が崩れることはなく、寧ろ更に強くなった気がする。学園は変わった。その原因は何だ?


「今はただ、ゆっくり休んでくれ」


彼女の髪を掬うと、擽ったそうに身動ぎ唸った。俺は苦笑しつつも、彼女の寝息だけが聞こえる空間に一人静かに目を閉じた。

101214
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