▽ 傾ク身体
手ぬぐいを頭に巻きながらの作業は宛ら大工か漁師のよう。でも今はそんなことにかまている場合ではなかった。昼は朝食で余った物を使って違う料理ができたからいいものの、夜はそう言ってられない。おばちゃんのメモの通りに作ってはいるけど、如何せん量は多く一人では熟せなかった。そこで手伝ってくれたのは勘ちゃんだった。昼間の噂は瞬く間に広まり今や学園全体に知れ渡った。反応はそれぞれで、下級生は混乱してしまったらしく接し方がどこかよそよそしい。五年生は授業の終わりの鐘が鳴ると同時に現れわたしの心配をしてくれた。さすがに濡れたままの格好では気持ち悪かったので時間を見つけて着替えておいた(じゃなきゃ兵助が騒ぐし)。授業にはしっかり出てもらい、わたしは夕飯の準備をした。洗濯物はくのたま達が名乗り出てくれたので頼んだし、あれから彼女からの嫌がらせは何もなかった。そして今に至る。
「ごめんね勘ちゃん」
「いいんだよ。料理するの好きだし、このあと暇なんだ」
「勘ちゃん何ていい子…!」
兵助は一番に来たがったらしいけど先生に呼ばれて少し遅くなるらしい。最後の仕上げを済ませると調度よく委員会を終えた生徒がなだれ込んでくる。勘ちゃんにカウンターを頼みわたしは料理を盛りつける。六年生は七人分の食事を受け取ると食堂を出て行った。恐らく彼女の部屋で食べるのだろう(ちなみに彼女の部屋は昔わたしの部屋だった、六年生長屋にある)。
「えりか、勘ちゃん」
「あ、三郎と雷蔵。八も」
「俺はついでか」
ひょっこりと現れたのは五ろの三人。どうやらまた毒虫が逃げ出し、二人も駆り出されたらしい。いつもと変わらない彼等に頬が緩んだ。
「兵助は?」
「担任のとこ。もうすぐ来るんじゃないか?」
「兵助、すごい形相だったぜ。まるで鬼の如し」
「何それ」
「いやマジだからな。あいつ、きっと飛んで来るぜ」
「僕もそう思う。楽しみだな」
「雷蔵まで…」
でも何となく想像できる。想像してみたら予想以上にリアルで面白くて吹き出してしまった。
「…えりか、何か顔赤くないか?」
「え?」
「あ、確かに何か赤いね。もしかして熱あるんじゃない?」
「うーん…自分じゃそうでもないんだけどなー」
いつも通りだし別に不便は…あれ?急に皆が歪んで―――
「えりか!?」
誰かの声が聞こえた気がしたけど、それが誰なのかわからないままにわたしの意識は闇に沈んでいった。
101212