ひかげぼっこ | ナノ


▽ ソレガ外レタ時


水場に着けば案の定というか彼女の姿はなかった。わたしとしては「運んで洗っといて」という意味だったんだけど、言葉が足りなかったらしい(第一やるとは思えないし)。仕事は仕事だしもう慣れたから、自分で言うのもなんだけど手際よく作業できた。最後の一枚を干し終え、肩を回すと後ろから声を掛けられた。


「洗濯終わったの?」


冷たい声に振り向けば、彼女はいつになく冷めた目でわたしを睨んでいた。何かしただろうか。


「あんた、何者なの?」
「……へ?」


唐突な質問に面食らって間抜けな声を出してしまったが、目の前の彼女はそんなこと気にしていない様子だった。ただもう一度、同じ質問を繰り返した。


「あんた魔女なんでしょ?それで兵助くん達五年生や綾部くん達を誑かしてるんでしょ?」
「な、何を…」
「惚けんじゃないわよ!!!」


いきなり吠えるように彼女は叫んだ。その豹変ぶりに思わず尻込みする。尚も彼女は叫ぶ。


「私は天女様なのよ!?愛されるべき存在なの、愛されるためにここに来たの!!ずっと願っていたわ、兵助くんに会いたいって!パパやママは私が欲しいと言えば何でも買ってくれた。なのに兵助くんは手に入らない!どうしてどうして!?漫画の中の人間だから!?だったら私が行けばいいのよ。だから願ったら神様が叶えてくれたの!素敵でしょう!!六年生は私を天女だって、美しいって言ってくれた、当たり前よ!!なのにどうして?肝心の兵助くんは私を見ようとしない。二番目に好きな三郎くんだって同じよ、五年生はずっと私を避けてるの。でもそれはあんたが彼等に魔術を掛けてるからなんでしょ?だから彼等は私に近付きたいのに近付けない。だから私決めたの。あんたから皆を救うって!戦うお姫様なんて素敵じゃない!!」


彼女はそこまで一気に捲し立てると息を荒げながらニヤリと笑った。その顔は醜く歪んで憎悪が溢れ出ている。わたしは初めて彼女に恐怖を覚えた。


「兵助くんは私の物なのよ…だから私が目を覚まさせてあげるの。兵助くんはあんたに私を見てるのよ…」


さっきとは打って変わって静かに呟くと彼女は水の入った桶を掴んだ。ただわたしは少し頭にきていた。“兵助は私の物”?


「……貴女、何を勘違いしてるかわからないけど、兵助は物なんかじゃない。勿論貴女のでもない」
「、っうるさい!!」


その瞬間、彼女の手元にあった桶からわたしに向かって水がかけられた。洗濯に使った水だからか、少し土臭い。わたしは水の勢いに負けて尻餅を着いた。彼女を見上げれば顔を真っ赤にし肩で息をしている。そして徐に水を汲み自分にかけ、更に自らの頬を殴り、干したばかりの洗濯物をほぼ全て剥いで地面に叩きつけた。わたしは見ていることしかできなかった。


「魔女は消えてしまえ」


そう呟いてから彼女は叫んだ。酷い金切り声に思わず耳を塞ぐ。途端に忍装束に身を包んだ彼等が現れた。彼等は二つに別れてわたしと彼女の周りに集まった。


「茉美さん…一体これは…!?」
「ひっく…洗濯物、洗ってたら、えりかさんが…いきなり…調子乗るな、って…」
「何だって!?」
「ふぇ…怖かったよぉ…」


そう言いながら彼女は仙蔵くんに抱き着いた。彼は優しく彼女を抱きしめ背を撫でる。また、嵌められた。まるで嫌われ夢小説のような展開に思わず自嘲気味に笑った。それが彼等は気に食わなかったらしい。


「あんた…そんなことまで…」
「貴女には失望しました」


留三郎くんと伊作くんがわたしを睨みながら低い声で言う。わたしじゃない、って言っても信じてくれないんだろうな。さっきの彼女を見れば皆も目が覚めるだろうか。彼等もわたしに言いたいことはあるようだけど、彼女を連れて去って行った。ふぅ、とため息が漏れた。


「えりかさん、着替えましょう」
「…ううん、先に洗濯物やんなきゃ」
「えりかさん!!」


滝ちゃんがわたしの肩を掴んだ。強い瞳に負けそうになるけどわたしも引かない。その場にいるのは滝ちゃんと喜八郎くん。喜八郎くんはいつの間にかわたしの腰に抱き着いている。二人をやんわりと宥めて戻るように促した。


「洗濯物なら私達が…!」
「大丈夫、わたしの仕事だし二人は授業に戻りなさい」
「しかし…っ」
「じゃあ手伝います。それならいいですよね」


唐突に喜八郎くんが顔を上げて発言した。わたしとしては授業に出てほしいのだけど…。


「だって午前は自習ですし。ね、滝」
「ま、まあそうだが…。でもこのままだと風邪を引いてしまいます!」
「うーん…少しなら平気だよ。申し訳ないけど手伝ってくれたら助かるかな」
「……っ」


彼は泣きそうな顔でゆっくりと頷いた。彼等が心配してくれているということは痛いほど伝わってくる。でも自分の仕事を蔑ろにはしたくなかった(したのは彼女だけど)。そのあとわたし達は洗濯物を一から洗い直し、干し終える頃には昼の支度をする時間になっていた。


「ありがとう二人とも。助かったよ」
「お礼はいいのでまず着替えてください」
「はいはーい」


二人の頭を撫でてから急いで食堂の台所に向かった。案の定彼女はいない。たぶん夜も彼女は自室か医務室で休むから来ない。一人で作る羽目になりそうだけど仕方ないと割り切り割烹着に着替えた。

101212
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