■ 嘘はダメ
家に帰ると両親は仕事で不在だった。
靴を脱いだ途端に、地獄のような日々が帰ってきたのだと実感する。
二階に上がって私の部屋で休養をしている弟を無理矢理追い出し、制服を脱ぎ捨て部屋着に着替えた。
嫌なくらいに惨めな気分で黒子くんともう少し一緒にいたら良かったと後悔する。
『(でも、もう会うこともないし…)』
ベットへダイブすると、掛け布団に包まりうとうとする。
なんだか今日は疲れた。だからか熟睡してしまった。
***
「ねぇちゃああああん!!」
弟の絶叫で目が覚めた。
『!?馬鹿涼太!?なんで私の部屋に!?』
時計を見上げれば5時過ぎ。寝すぎた…。
「二日目のテストお願いしまっス!!」
土下座をしている涼太。
そして、涼太は私に一万円を差し出した。
黒子くんの顔が脳裏を横切り、福沢諭吉に目が眩む。そして地獄を忘れられるならと思った。
『…うん。よかろう』
弟に一万円で買収されたなんて誰にも言えない。でも買収されてしまったのは仕方ない。
「ありがとうっス!姉ちゃん、大好き」
『風邪移るから寄るな』
嬉しかった。少しでも地獄から抜け出せることが、また黒子くんに会えることが。
「今日の放課後は部活あるけど休んで良いっスから」
『さすがに厚底でバスケしないよ』
昨日と同じように制服を着て、スクールバックを引っつかみ一階へ降りた。
涼太は私の部屋でそのまま休養である。
「あら、涼太。テスト期間だから朝練無いんでしょう?」
リビングにいたのは母親で、少しギクッとする。
『えぇと、黒子っちと勉強するんス』
言い訳に名出ししてしまった黒子くんに心の中で謝罪をした。
「そうなの、あっ、机にサンドイッチがあるから」
『うん』
机のサンドイッチを一つ取りもぐもぐと食べる。
たまごが美味い。ツナよりたまごが好きだ。私は。
* * *
「あれ、黄瀬くん?」
昨日と同じ場所で黒子くんと会った。もう会えない宣言をしてしまったから少し気まずい。
『お、おはようっス!』
「あ、涼太ではなく名前、でしたか」
またバレた。
また匂いか!?匂いなのか!?
『く、臭い…?』
「いえ、美味しそうな匂いがします」
何気に変態発言をしているよ。天然キャラなのだろうか。
『……涼太の奴、風邪こじらせてさ』
「おかしいですね、馬鹿は風邪を引かないはずですが」
『……涼太、ごめん。否定できない』
いない人に謝罪しても意味は無いのだが何故か言ってしまった。
「というか歳はいくつですか?」
『…聞かなくても良いよ』
黒子くんの顔が強張る。
「まっ、まさかっ!?さんじゅ…」
『言わせるかっ!つか、もっと若いから』
天然キャラは時に凶器だ。どこをどう見て、そんな歳になったのやら。
「……18歳ですか?」
『ピンポイントで当てた…』
「20歳くらいかと…」
『……あんまり馬鹿にしてると心臓に杭を打ち込むよ』
黒子くんはキョトンとしたあとに、ニヤリと笑って私の手を取った。
「やってみます?太陽は平気です。ニンニクは臭いので個人的に嫌いですが、」
『は?』
目がマジだから怖い。
「たぶん平気ですよ。体力無くても治癒力高いんで」
『いや、杭が無いからさぁ…、あははは』
渇いた笑いが風邪に飛ばされて沈黙が訪れる。
「…まぁ、心臓に杭なんか刺されたら死ぬの確定ですが」
『だましたな…』
「まさか信じるとは思わなかったので」
『アメリカの研究所に送り込むぞ。ばけもんが』
黒子くんがクスクスと笑った。
「…化け物だなんて失礼ですね」
『ふんっ、嘘つく黒子くんが悪い』
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