■ 飴玉と彼

隣の席は水色の髪の優しそうな文学少年。
名を黒子という。影が薄く、いつのまにかあわられるよく分からない奴だ。
見た目に反するスポーツマンでバスケ部スタメン。

興味はない。

確かに可愛い顔立ちはしているし、礼儀正しいので申し分ない。だからといって彼は名前の友達ですらない。
話したこともないのだから。しかし、学校ならばよくある班別学習。机を班別用に合体すると黒子は名前の目の前である。
男子3人、女子3人の均等に作られた班に名前の仲の良い人はいない。むしろ名前には友達はいないに等しい。黒子と名前を抜いた4人で話をしている。

しかし黒子はそんなこと気にしていないようで名前をジッと無表情で見ていた。そのことに居心地が悪くて目を逸らす。
視界の端で黒子が薄く笑ったのが見えた。

「苗字さん」

ふいに声を掛けられ名前は仕方なく視線を黒子に戻す。

『なに?』

愛想笑いだけを貼付けて返事をすると、黒子は何故か嬉しそうに言った。

「社会の先生が放課後に宿題のプリントとノートとワークを集めるようにって言っていたのを思い出したので。社会科係ですよね?」

伝言を頼まれたと言って黒子はまた無表情になる。

『うん。わざわざ、ありがとう』

「放課後お手伝いしましょうか?集めるもの多いですし」

ありがたいが黒子はどこか接しにくいし苦手だ。
丁重にお断りさせていただく。

『ううん、いいよ。黒子くんはバスケ部で忙しいだろうし』







∝∝∝∝




放課後、黒子に言われた通りにプリント、ノート、ワークを集めた。
最初にプリントとワークを一度職員室にいる先生に提出し、また教室に戻ってワークを持つ。すると後ろからたくましい腕が名前に巻き付く。

「重たいでしょう?ボクが持ちますよ」

耳元に聞こえた声にハッとする。

『黒子くん、平気だから。あと、近い』

「……わざと近くにいるんですから」

当たり前だと黒子が後ろで笑った。
制服を着ているということは部活に行っていないのだろうか。

『お願い。大丈夫だから離して…!!』

黒子はぎゅうっと更に抱きしめる。爽やかなシャンプーの匂いがして、腕が痺れて、ついに名前はワークを落とした。

「あーあ、ほら。やっぱり重たかったんでしょう?」

名前はそんなこと無いと痺れる腕で黒子を殴ろうと手を振り上げた。
誰もいない3年生のフロアはシンッとしている。
そんな中、パシッと黒子に手を捕まれた。

「危ないです。怪我したら痛いじゃないですか」

名前は黒子に片手を捕まれた状態で向き合う。黒子が珍しく笑っているのが不気味である。

『黒子くんが変なことするから…!!』

睨みつけると黒子は滑稽だと言わんばかりに見下ろし、名前を廊下側の壁にドンッと叩きつけた。
名前が背中を打ち付け、バランスを崩して壁を背もたれに座る。
黒子はしゃがんでブレザーのポケットから梱包用の紐を取り出すと、名前の両手を傍の机の足に固く縛り付けた。

『ちょっ!?黒子くん!!』

「ボクが変わりにワークを提出してきますから飴でも舐めて待っていてください」

ソーダの飴を口に突っ込み、大きめのハンカチで口元を縛る。
黒子がそそくさと落ちたワークを拾い上げ、何もなかったかのように出て行った。名前は信じられないというような顔で暴れる。口の中でソーダ味の飴が溶けはじめ、黒子のハンカチを唾液で汚してしまった。





∝∝∝∝




ギリギリと手首が痛み、先程切れてしまった。紐に血が滲み、ハンカチは涙と鼻水と唾液で汚れている。

誰もいないから誰も助けてはくれない。口元は飴でベタベタだし、怖くてたまらない。
黒子が出て行ってから数分が経過した。

動くと傷は痛いので暴れるのを諦めると黒子が戻ってきた。

名前は涙で滲む視界の中、黒子を睨みつける。

「上目遣いも良いですね。飴は美味しかったですか?」

ハンカチを解くと名前の唇を奪い、舌を入れて飴を舐めた。

『ん…!』

くぐもった声で名前が苦しそうに呻くと口内から飴を器用に奪い去った。

カロッと歯に飴が当たる音がする。

「あまいです」

顔をしかめて黒子は飴を舐めていた。カッターで紐に切り込みを入れ、力ずくで契ると血が滴り落ち、名前は痛みに涙が流れる。

『痛い…』

「あ、キツく縛り過ぎましたね」

黒子は名前の手首をなんども撫でた。その度に痛みが走る。

『お願い…、もうやめて』

「何をですか?」

黒子は名前の帰り支度を勝手に始める。

『私が何したっていうの…』

「…ボクにですか?別に何もしてないですよ。ただ貴女は大人しくボクのものになればいい」

名前は立つ気力もなく黒子を眺めた。

『…私はものじゃない』

「ボクは貴女を愛してる。ほら、例えば毎日ボクを興味ないというような目で見てきたり、可哀相なくらい友達がいなかったり、しぐさ一つ一つが可愛くて愛しくて、」

名前がたじろいだ。そして名前のバックを持って黒子がしゃがむ。

「───壊したくなる」

ガブリと首元を食らう。

『いっ』

「ほら、また。ボクの行動一つで変わる表情も」



愛しくてたまらない。
そして、またキスをした。

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