■ 焼殺
病室の隅で泣いているのは、どうやらボクの彼女らしい。
『今日も金木犀の良い匂いがするね』
名前は名前さん。とても清楚でボクの好み。
ボクには記憶が無い。事故に遭って記憶が無くなってしまったらしい。名前さんはそれにショックを受けて人形の様に鶴を降りつづける。
最初は動かなかった体も今では松葉杖でなら歩くことが出来る。
「名前さん。一緒に散歩に行きませんか」
毎日、学校をサボってずっとここに居る。帰りは親が迎えに来るが朝は登校もせずに真っ直ぐ病室に来る。歩く速度は遅く、いつも病室に入るのは9時過ぎだった。
『いや…、テツヤくんがまた、事故に遭ったら…』
名前さんは恨めしそうに病室窓を見つめる。
「大丈夫ですよ。病院の中庭ですから」
『だめ。……』
写真を見る限りでは仲が良さそうにボクと笑って写っていた。でも"今の"ボクの前では笑ってくれない。
名前さんの手から黄色の折り鶴が落ちた。
『…10592羽目』
もはや千羽鶴を超えて万羽鶴になった折り鶴の山。最初は可愛く見えたが何故か今は折り鶴の大群が気持ち悪い。
『…テツヤくんは』
「え?」
前触れも無く突然話し出した名前に黒子は松葉杖に体重を更に掛けた。
『ずっと私の隣に居るの。私のせいで怪我して、大好きなバスケも火神くんも忘れて…、だから、…私が一生を懸けてテツヤくんを介抱するよ…。テツヤくんの言うことなら何だってする』
ボクはとうとう松葉杖を手から放してしまった。
ガランと音をたてて松葉杖は床に転がり、鶴の山にボクは膝を立てた。
ぐしゃっと鶴の潰れる音がする。
「名前さん…」
そっと抱きしめる。座ったままの名前さんは微動だにしない。
「ボクは君が好きだ。今も、前も」
だからこそのお願い。笑わない君なんて要らない。写真で見たような笑顔が見たいんだ。
『………テツヤくん』
「ボクと一緒に死んでください。名前さんは笑ってなきゃダメなんです」
ぎゅっと抱きしめ返す名前さん。
『いいよ。私、誰も邪魔しないところでたくさんお話したいよ』
「…決まり、ですね。二人きりで遠い、遠い世界に行きましょう」
ボクは名前さんに手伝って貰いながら立ち上がると病院を抜け出して小さな神社に入った。ボクは火種を神社の入口に置いた。手動のライターだ。付属のキャップを閉めるまで火は出つづける。
『中に、早く入ろう?』
「そうですね」
ボク等は中に入った。中は汚くて服に煤がつく。そんなのも構わずボクは壁に寄り掛かって隣に名前さんを座らせる。
すき間風に金木犀の香が流れて入ってくる。
「名前さん、金木犀の良い匂いがしますね」
『うん。本当だ』
神社は全焼した。
病室からはたくさんの折り鶴が見つかりボク等は遠い世界に行った。
誰も邪魔しない世界へ。
title by ピュアさま
『殺しちゃった十題』より。
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