▼ 愛
部活が終わったあと、名前は教室に来ていた。
それは黒子との待ち合わせ場所だからだ。名前が教室に静かに入ると、もう黒子は来ていた。
微かな呼吸を響かせて、本の中にある文字をひたすら追い掛けている。
名前はこっそり近づくと、小柄ながらも逞しい背中に飛びついた。
反動で本が黒子の手から滑り落ちる。
「わ…」
こんなに薄い反応だが、本人は驚いている。
「テツヤ」
背中に引っ付く名前が、黒子の前方に回ると本を拾い上げ、近くの机に置いた。
そして、黒子が立ち上がる。本を回収しようとしているのを見て、名前はむくれた。
小さな反抗心が名前を動かす。黒子の手を遮るように、今度は真正面から飛び付く。
名前は可愛らしく飛び付いたつもりだが、黒子は重たい衝撃に耐えようと必死になり、それどころでは無かった。
「うぐっ!?」
必死に堪えた結果、黒子からはそんなうめき声が聞こえる。
名前はそれさえも気に入らなくて、学ランの胸倉を掴むとキスをねだった。
単純に困らせたかった。そして甘えたかった。
黒子は少し考えたのちに、名前の両頬を手で包み、少し首を傾けて唇を押し付ける。
名前の唇を舐めながら、ちゅうっと何度か吸う。
名前はもっとと欲張って口を開いた。
ゆっくり舌を絡ませる。
ほんの一瞬であるが、キスをしたことで小さな祝福が満たした。
「たまにはこんなキスも良いですね」
黒子が名前の頭を撫で、正面から抱き上げた。
頭一つ分、名前の身長が高くなる。
黒子を見下ろすという、滅多にない光景に名前は何だかドキドキした。
だからか黒子の頬を撫でたり、前髪を掻き上げたりする。
「新鮮だよ。テツヤを上から見るのって」
「ボクも新鮮に感じます。名前を下から見るのは」
二人で笑い合う。小さな感情から発展していく。
それだけで名前は行動できる。
(君の愛を一身に受けたい)
ただそれだけなのだ。
title by 秋桜
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