▼ 穏やかな空*
※暗い
※自己責任で閲覧をお願いします。
名前が学校のベランダに出て、プランターに水をやっていた。丸い小さなプランターには黄色いスイセンが咲いている。
このスイセンは名前が園芸部に入って、初めて一から育てたものだった。
思い入れは強い。
アルミのジョウロを置いて、スイセンの花びらを撫でる。
今日、やっと咲いた。そして思い馳せる。目をつむって思い出す。
名前には彼氏がいた。
彼氏は決して身長が高かった訳ではないし、世に言うイケメンでもない。
いたって普通の男子。もしかすると普通の男子より、やや不健全かもしれない。
きっと、そういったことに興味はないと思える。
でも、キスはした。互いに遠慮がちだったが、少しずつ深くなるキス。
毎回、深いキスをしてしまうから、名前はすぐに酸欠になってしまう。
秋晴れの空は夏の空と違い、淡い。青々としているのではなく、儚い彩りをしているのだ。まさしく、彼の髪の毛色と同じ。
夏のあの日は目に染みるくらいの濃さだったのに、今はこんなに薄い。
毎日こんなだから忘れられないのだ。
やっと咲いたスイセンの花びらを一枚ちぎる。
「(憎いよ…、憎い。毎日、毎日。テツヤのせいで…)」
ベランダから花びらを落とす。
下からは、あんなに愛しかった彼の声がする。この時間帯になると、部活で外周に出てくる。
黒子の声が耳に何度も届く。
名前はプランターを持ち上げた。
そしてベランダから放り投げる。
「私は寂しかったんだよ?テツヤ…」
下からは黒子を必死に呼ぶ声と悲鳴が聞こえる。
どうやら当たったらしい。でも後悔はしていない。
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