▼ 屈する

※夢主も黒子も少し病んでます。



 ふわふわの髪が名前の鼻を擽った。シャンプーの匂いだ。いつもは朝練の後の汗の匂いなのに。

「今日は練習なかったの?」

 椅子に座って本を読んでいる黒子を後ろから抱きしめて、後頭部に顔を埋めた。黒子は特に気にすることなく、はいとシンプルに答える。
 名前が黒子の顔の輪郭をなぞると、少しだけ鬱陶しそうな顔をして見せた。そして本を閉じた。名前はそのことに機嫌を良くする。

「読書の邪魔です。やめてください」

 そんなこと言わないでよと名前は笑うが、目元は笑っていない。完全にすわっていた。肩越しに見上げていた黒子からはよくその様子が分かる。
 世の中には束縛が厳しい云々いう人もいるが、黒子にとって名前の束縛など子供の遊びのようなものである。簡単に流して、都合のいいように流れを汲み取る。人間観察をするうちに分かる彼女の流されやすい言動はだいたい把握済みだ。

「名前の匂いフェチ。…なんとかなりませんかね」

「なんともできませんね。それは」

 黒子の口調を真似て反論された。そして首に腕が回る。いつものを一発お見舞いされるらしい。
 ぎゅうっと腕に力がこもった。同時に首が腕に圧迫されてゆく。最初は軽い圧迫もすぐにキツくなる。手元の本の文字が霞んでゆく。

「テツヤは私のでしょ?黙って私の言うこと聞いていればいいの」

 語尾にハートが付きそうな声音で言った。名前にとって黒子はただの人形でしかない。人形といえども大切な人形とも言える。
 黒子の呼吸が限界を迎えそうになる。ここで始めて彼は抵抗してみせた。

「…う、……は、…名前…!」

 なあに、と返事が聞こえたと同時に腕が緩んだ。その隙に黒子は椅子から立ち上がり、名前を壁まで突き飛ばした。
 壁との距離が少し近かったからか、強く叩きつけられた名前は痛そうに顔を歪めた。ズルズルと壁伝いに座り込むと、黒子も名前の前に座った。

「名前、訂正してください。ボクは確かに貴女のものだ。けれど、貴女はボクのものということでもある」

 名前は驚いた表情だったが、 すぐにいつもの余裕そうな表情に変わる。黒子の頭を撫ではじめた。

「随分、可愛いこと言うんだね。テツヤったら男前。こんなに生意気な人形は初めて」

 名前の顔が近づく。そして黒子の額に口付けた。

「ええ…。ボクは可愛くて、生意気な人形ですから。いろいろと元気ですよ」

 黒子の手により名前は引きはがされ、壁に縫い付けるように固定すると、首に思い切りかぶりついた。
 名前は少しだけ悲鳴をあげるが、黒子はお構いなしだ。噛んだ後を舐めては吸って、再び噛む。

「本当に屈しているのは貴女ですよ。名前…」

 耳元で聞こえた低い声に名前はクスリと笑った。

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