▼ 三年峠

 もし一週間で命が終わってしまうとしたらあなたはどうしますか。いつも通りに過ごしますか。それとも周りの人たちに挨拶に行きますか。はたまた、死に急ぎますか。



***


 名前はいつも通りに登校した。朝練が終わったばかりの黒子の隣の席で、昨夜サボった課題をしていた。もちろん黒子が課題を貸してくれるわけでもなく、もくもくと本を読んでいた。
 火神は火神で名前と同じ課題をしている。こんな風に仲間がいてくれたら気が楽である。
 課題をさっさと進めていく。家で解くよりも早い。当たり前だが課題を提出しないと、朝掃除になってしまう。
 結局、縋るように黒子をちらりと見た。黒子も視線に気がつき、少し文句あり気な顔をしつつノートを渡してきた。

「どうぞ。きっとまだ間に合います」

「ありがとう」

 火神がオレにも貸してくれよと言うが、黒子は国語辞典を手渡すだけで手伝うこともなかった。けれど二人は強い絆で結ばれているし、そんなやり取りさえ楽しそうに見える。
 二人を見ているだけで肩の力が抜けていく。そんな気がした。



***



 黒子の部活が終わるのを待っていた。誰もいない図書室の中で。
 賞味期限がまだまだ先のスナック菓子を食べていたが、30分程度で食べ終わってしまう。いつも通り、部活が終わるならあと1時間は待たなくてはならない。
 仕方なく本棚の間を歩きまわってみたりしたが、面白そうな本を見つけることも出来ない。むしろ読みたい気分ではなかった。
 本の虫とまでは言わないが黒子はいつだって本を読んでいる。本を読んでいる彼を見るのは嫌いではない。
 あの無表情が色付く瞬間がとても見ていて飽きないのだ。本のストーリーに沿って彼は十面相をする。例えば主人公が悲しい気持ちになれば、彼の表情は悲しそうになる。反対に主人公が怒れば、眉間にしわが寄るし、時には苛立っているようにも見える。
 一言でまとめるなら本の中の人間と同調しているのだ。
 別に表情が変わるきっかけが読書だけではないが、一番変化が現れやすい。
 紙を捲る音、紙の匂い、文字を追いかける瞳、目を縁取るまつ毛。たまに揺れる前髪。物語の続きを追いかけるたびに、それらは動く。連想されていく様子は底が見えないくらいにある。
 ふと目についた絵本を取る。高校にも絵本なんて置いてあるのか、と感心しつつ表紙を眺めた。
 いつも頭の中に流れている一連の動作。黒子が本棚から気になる一冊を抜き取り椅子に座り、表紙を開き物語の世界へ落ちていくまでが浮かんだ。

「……」

 彼らしく足音を立てないくらい静かに、椅子まで歩いてみる。図書室でついついはしゃぎそうになる名前をなだめる彼を思い出した。

「図書室ではお静かに…って言ってたな」

 思わす呟いてしまい、そのことに笑ってしまった。
 そして本を机に一度置いてから、椅子を引きずらない様に持ち上げて引く。そして座ってみる。
 そして音を立てない様に椅子を引いた。そして表紙をめくってみる。
 見事にひらがなばかりで、火神に音読させてあげたいだとか考えた。




***



 黒子がいつも通りに図書室に入ってきた。放課後はいつもそこで待ち合わせをしているのだ。たいていは暇そうにしている名前を待たせるのは嫌いではない。
 彼女はいつもスナック菓子を一袋完食し、ぼーっとしながら音楽を聴いていることが多い。いつも爆音で聴くのはやめろと言っているのに、イヤホンからシャカシャカと音漏れがするくらいボリュームは大きい。
 気配を潜めて、彼女の近くに座って、音漏れをひっそり聴いているのもたまには良いのだ。彼女らしくて落ち着く。
 今日はどうだろうか。少しだけわくわくしながら図書室の引き戸を開けた。

「あ、おかえり。テツヤ」

 耳にはいつものイヤホンが入っていない。代わりに手元には絵本が広げられていた。

「随分と珍しいものを…」

 名前は絵本を閉じて、火神くんに読ませてあげたいと言う。図書室では静かにといつも言っているのに、バタバタと走り寄って来た。
 名案というより妙案なその考えに吹き出す間も無く、抱きしめられた。無論、名前がボクを抱きしめている。
 いつもとは違う感覚だった。くっつくのはいつだってボクからだからだろうか。

「今日は随分と甘えて来ますね」

 名前の身長に合わせて少しだけ屈むと、さっきより強く抱かれる。ボクの首元に顔を埋めて小さくすすり泣いていた彼女。

「もうすぐお別れの時間だから」

 もうすぐ彼女は逝ってしまう。これは一週間前に聞いた話。日を重ねるごとに弱っていくのも見ていたし、課題だって本当は辛くて出来なかったのも知っている。
 生まれつき身体が弱いらしい彼女はいつだって体育を休んでいたのも知っている。

「ボクはそうは思いませんけどね」

「死に際はね、感覚が鋭くなるから。そろそろお別れになると思うよ?なんとなく分かるからさ。そういうの」

 前よりも痩せたなと思いながら、名前を少しだけ持ち上げた。数センチだけ名前の身体が浮く。
 椅子に座らせて離れると文句あり気に見てきた。けれど、ボクはそれを無視してスポーツバックからいつものスナック菓子を手渡した。

「今日の分、食べ終わったんでしょう?」

 途端に目を輝かせた彼女はパッケージを開けた。ボクはパクパクと嬉しそうにスナック菓子を食べる名前をただ見ていた。


 前に名前がこんなことを言っていた。小学生の頃に読んだ、三年峠の話。
 あるところに三年峠と呼ばれる峠があった。その峠で転ぶと、あと三年しか生きられなくなる。だから三年峠と呼ばれていた。その三年峠でお爺さんが転んだ。お爺さんはあと三年しか生きられないことに恐れ、寝込んでしまった。
 しかし、ある日思いついた。一回転べば三年。二回転べば六年。転べば転ぶほど寿命が延びる。
 お爺さんは外へ飛び出し三年峠へ向かった。そしてわざと、何度も自ら転び始めた。
 お爺さんはとても長生きになったそうだ。

 もしかしたらそんな話もあったかもしれないと、その時は聞き逃したが、いま思えば名前は残り少ない寿命を恐れているのだと分かった。
 もぐもぐとスナック菓子を頬張る彼女の底知れぬ恐怖はボクには分からない。けれど、ボクは彼女の好きなものを好きなだけあげて、一緒にいたいと思っていた。
 出来るならば最期の瞬間まで一緒にいたい。見届けたいと思っていた。




 翌日、彼女は学校に来なかった。

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