▼ もっと見てて(なつめさまリク)
まだ肌寒い一月。冬休みも明けて、再び学校の日程に慣れてきた頃のことだった。黒子は体育館の隅で唇を噛み締めていた。もともと色白な肌は更に白くなり、握りしめた拳は震えている。
その視線の先には愛しい人の姿。そして、モデルの黄瀬がいた。二人は最近一緒にいることが多く、中良さげに話をしていることが多い。
醜い嫉妬を露わにしてしまったことを瞬時に恥じて、黒子はいつもの平常心に戻した。といっても心は平常心ではない。荒れ狂っている。
一方の名前は黄瀬との会話に夢中なようでマネージャーの仕事も疎かになりがちだ。赤司は肩の力が程よく抜けていいじゃないかと言っていたが、黒子には納得いかない。
青筋が浮かんでしまうのではないかと思う位に頭に血が上っていた。嫉妬なんて格好悪いと分かっていながらも、イライラしてしまうのはもう仕方が無い。
「(ボクら付き合ってるのに…!!)」
だなんて考えたところで、向こうから忌々しい黄瀬の絶叫が聞こえた。
「黒子っち危ないッ!!」
黒子がガンを飛ばす勢いで前方を見た。何が起きたかも分からないまま、顔面に強烈な痛みが走り、尻餅をついた。
そこでやっと状況を理解できた。転がるボールを、呆然と眺めていたら名前と黄瀬がすっ飛んできた。こんな時まで二人は一緒なのかと、心は拗ねるばかりだ。
「テツヤ、大丈夫!?」
黒子が名前を見上げて、睨みつけた。名前は得体の知れない悪寒を感じ、ゾワリとする。そして黄瀬にはあっちいけと目線で追い払った。
「名前、保健室行きますよ」
黒子は立ち上がると有無を言わせぬまま、手を引い赤司の目の前も堂々と通り過ぎて体育館を出て行った。
名前が保健室で湿布を取り出すと黒子に近づいた。黒子の頬は赤く腫れている。冷たい指先で触れると、痛むのか眉を眉間によせる。
「余所見なんかしてたらダメだよ?」
黒子は苛立ちを隠せない様子で名前を見つめていた。名前もそのことに気がつかない訳がなく、一体何なのだと腹を立てそうになる。
「本当に余所見をしているのは名前でしょう?」
ボクはしっかりと貴女を見つめていた。余所見なんかしていない。そう訴える黒子に名前はキョトンとした。
何故かは分からないが、黒子にそんなことを言われて動けなくなってしまう。
「もうボクたちは倦怠期なのでしょうか?」
倦怠期と聞いたとたんに名前はブチ切れた。
「はぁ!?意味わからない!!なんでそうなるの!!何か機嫌悪いし、私が何かした!?」
名前の怒鳴り声を受けながら、黒子はふんと鼻をならす。ここまで頑固に機嫌を損ねられると面倒くさいことこの上ない。
「貴女が最近、黄瀬くんとばかり話しててボクのこと見てくれないじゃないですか!!」
そう黒子も怒鳴り返した。そうして気がつく。これでは自分が構ってさんのようではないかと。
嫉妬をしていたことは認めるが、決してそういうわけではないのだ。名前の顔を見ていられなくなり、そっほを向いた。
「構って欲しかったの?」
違う。断じて違う。黒子は何て返そうかを迷い、更に俯く。
「なんだ、言ってくれれば良いのに」
そうではなくて、と言いたいのに言えなかった。そもそも嫉妬をしてしまった時点で、構ってさんを否定できるのかも曖昧になってしまったからだ。どうしたら良いのか分からずにいると、名前がいきなり湿布を頬に貼り付けた。
「冷たっ…」
そしてすぐに来る衝撃。シャンプーとリンスの香りが鼻をかすめて、黒子に届く。黒子より少しだけ小さくて、華奢な身体が抱きついているのだと気がつくのにさほど時間は掛からなかった。
そして、甘えるように胸元に顔を埋めて、Tシャツを握りしめてきた。
「名前…?」
名前は何かを呟いて、動かなくなった。黒子がどうしたのかと、背中に手をかけた時だった。
腹を思い切り殴られ、黒子は昼に食べた唐揚げが戻ってくるかと思った。
「ばか…」
名前の鼻声を聞きながら、呻いた。
「名前、すいません」
「ほんと男子って早とちりなんだから」
「え?」
「私は黄瀬くんにデートの計画を手伝ってもらってただけだったのに…、って、あ」
言ってしまったと、名前が慌てて口をつぐんだ。黒子が名前の顔を覗き込むと、頬は赤い。
「…、ありがとうございます」
素直に言えば嬉しかった。本当に早とちりしてしまった。
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