▼ 諸行は無常なり
※暗い
※オチが酷い
もしもの話だ。私が見てはいけないものを見たとして。
順番を間違えたとして。
諸行無常だったとして。
目がくらんだのだ。
旧校舎の管理棟の裏側に二人はいた。水色の派手な色の髪の少年と、これといって特徴のない少女。少年は本を読んでいた。派手な髪色のくせに、影が薄い。理由はわからない。
少女は携帯を見つめたまま固まっていた。タッチパネルに触れるでもなく、スクロールするでもなく。確かに目線は画面にあるのに指はさっきから動いていない。
少年がそのことに気がついてから、密かにカウントをしていたが、だいたい二、三分で数えるのをやめて読書に引き込まれていた。
卒業間近の二人にはただの暇潰しに学校に来ているようなものだ。
バスケ部を辞めただとかぬかした少年に少女は冷たい目を向けた。やっと画面から目を離す。
「…テツヤ、あんたさぁ」
「なんですか」
ぱたりと閉じた本から顔を上げた彼は目の下に隈ができていた。そして少し疲れているようだ。けれど、可愛らしい顔立ちに反する男らしい手や輪郭。
名前は舌打ちをして、携帯を握りしめた。
「ホント、……最低」
「何を言い出すかと思えば…、くだらない。ボクが最低なのは元々ですよ」
貴女だって最低の極みじゃないですかと少年、黒子テツヤが言った。本をブレザーのポケットに突っ込むとパンパンになってしまう。そんなことも気にしないで彼は冷たい目で見返す。
「ふざけないでよ…」
ギリギリと携帯が悲鳴をあげた。その画面には黒子と知らない女の子が写っていた。
黒子がため息をつくと、目を逸らした。そして、馬鹿みたいだと呟いた。
「そんなに腹をたてることですか?ボクは阿保が大嫌いだ」
特に君のような人。女性。
黒子がにたりと笑った。あざ笑うかのように。
現実から背いた者の結果はこんなものだ。きっと未来永劫変わらない結果。
「大嫌いって言うくらいなら別れてよ」
たかが中学生のお付き合い。所詮はその程度なのだ。名前が喚こうが悔しかろうが一時の迷い。
「……そうですね、はっきり言うと嫌です。別れること自体に意味が感じられません」
名前の中で思考回路がぐちゃぐちゃになる。
「嫌だよ…、お願いだから」
火神くん。ボク、後悔していることがあるんです。そう言って黒子はストバスと中で俯いた。時計は二一時を示していた。火神は黒子の方を向いた。
そして、心配そうに顔を覗き込んできた。けれど、黒子の顔は見えなかった。
「どうしちまったんだよ」
火神がボールを抱えたまま、オロオロとする。
「ボクは名前の言うとおり…、最低だ」
卒業して、入学して、もうすぐ一年。あの時のことを思い出す度に、涙が出そうになる。どこまでやさぐれていたのだ、自分はと。青峰のことを言えないではないか。言う資格すらないではないか。
火神が大人しくなると、黒子はぽつりぽつりと話し始めた。
バスケ部を辞めてからは転落したような生活だった。大切な彼女は慰めてくれた。けれど、ボクは冷たくあしらって、その上別の女の子を取っ替え引っ替えしていた。
少し微笑めば相手は簡単に落ちた。あゝ、こんな人がいたのねと、どの子も言った。
そうして、ある日突然に捻くれたような性格になった。けれど、それさえ滑稽に思え、どうでもいいとさえ思っていた。けれど、いざ別れを切り出された瞬間にボクは言い訳を言った。
そうして、未練がましく友人の学校に行って、友人の先輩から受け取ったリストバンドを見て、我に返った。何てことをしたのだろう。
これじゃ、キセキの彼らと変わらないではないか。
そこまで言うと火神は頭を掻きむしり、黒子の肩を掴むと、思い切りで入口へ突き飛ばした。
「お前、謝りたい奴がいるんだろ?なら行けよ」
そんなシケた面のやつとバスケしたくねぇと言った。バスケを中心とした答えと、助言はいかにも彼らしい。
黒子はよろけながらも振り返った。火神の優しい笑みが、じわりと目頭を熱くした。
「はい」
黒子が走り出した。同時に携帯を取り出すと、名前に電話を掛けた。ずっと、声が聞きたかった。溜め込んでいた思いを伝えるために家に向かった。
けれど、電話に出ることはなく、仕方なく家まで走ることにした。懐かしい道を辿って行けば、そこは彼女の住む住宅街に繋がっている。
曲がり角を曲がった。その時、名前の声がした。そして知らない男の声もする。黒子の足は自然と止まった。目の前で名前が知らない男と幸せそうに歩いている。
もしもの話だ。ボクが見てはいけないものを見たとして。
順番を間違えたとして。
諸行無常だったとして。
目がくらんだのだ。
……あゝ、なんて諸行無常だろうか。
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