▼ 忘却

※流血表現あり、死ネタ

 気が付いたら彼女は火神くんの隣に立っていた。いつも、ぼんやりしていて顔まではよく見えなかったけれど、彼女の視線が愛しそうに火神くんを見ていた。

「(どこのクラスの子でしょう…)」

 ボクは声をかけることはしなかったけれど、不思議と火神くんは彼女の存在に気がついているのか、いないのか、反応を示したことはなかった。
 また、彼女も声をかけることはしなかった。
 そんなある日のこと。

「あれ、今日は一人なんですか?」

 彼女が、部室の前に立っていた。昼休みだというのにボールと戯れに来た始めて彼女に声を掛けた。彼女がゆっくりと振り向く。ボクは彼女の顔を見て驚愕した。

「見えるの?私のこと」

 頭から顎にかけて滴る赤い液体が、制服に染み付いていた。ボクは一歩下がって唖然とした。
 彼女が俯くと、血がぼたぼたと床に落ちては消えていく。不思議な光景に目を疑った。

「……」

「見えるんだね…」

 ボクは何も見なかったふりをすべきか、迷ってしまった。

「お願い、私は…、」

 しくしくと泣き出してしまう彼女が、あまりにも儚くて壊れそうだった。ボクはどうせ誰にも気づかれないと思い、手を差し伸べた。

「ここではボクの都合が悪いです」

 誰もいない部室に招くと、彼女はまだまだ泣いている。ボクはどうしていいか分からずに、取り敢えず名前を聞いてみた。

「あの、名前を教えてください…」

「…う、…苗字 名前です」

 彼女は泣き止むことはなかった。このすすり泣きが、いつかは七不思議に追加されてしまうのではないのかと、思いながら彼女が落ち着くのを待った。
 小さく彼女が嗚咽を漏らすと、何処からか便箋を取り出した。宛名は血で汚れている。

「お願い、これを火神くんに渡してくれないかな…」

 便箋を受け取ると、彼女は泣き止む。そして、気がつくと彼女は消えていた。
 すすり泣く声も何も聞こえない。





「火神くん、これ」

 ボクは半信半疑のまま、火神くんに手紙を渡した。火神くんは顔をしかめて、その手紙はお前のだろと呟いて何処かへ行ってしまった。
 ボクはどうしていいか分からずに、仕方なく宛名を見てみる。血がこびりついていたはずの宛名には自分の苗字が書かれていた。おかしいなと、思いながら手紙を何度も見返した。
 彼女は確かに火神くんに渡してと言っていた。その時は宛名も血で汚れて見えなくなっていたはず。
 取り敢えず封を切ると、文面を見てみた。
 確かに火神くんが言ったようにボク宛てらしい。違和感が残るものの、読み進めた。

『黒子くんへ。 私では黒子を見つけられないので、火神くんに手紙を預けました。直接渡せなくて、ごめんなさい。 突然ですが、今日の放課後、科学室に来てくれませんか?すぐに終わるので、お願いします。 苗字 名前』

 なんて不器用な子なんだと思った。ボクは慌てて科学室へ走った。彼女が火神くんの近くにいるのを見かけるようになってから数日が経っていた。それは幽霊である彼女が放課後が来るたびに科学室で待っていたということになるのではないだろうか。
 ボクは目に涙を溜めた。ボクは彼女と初対面なんかではない。走りながら涙を拭いて行くが、次から次へと溢れてくる。




 科学室に飛び込むと、彼女がいた。窓際の実験台の端に腰掛けて、ゆっくりと振り向く。
 そして、真っ白な顔を緩ませた。そこには血も何もこびりついていなくて、生前の彼女と変わりなかった。

「遅いよ…、テッちゃん」

 まるで、生きているかのようで、ボクは無我夢中で近寄った。触れると手は暖かくて、思わず握りしめる。

「名前…、ずっと待っていてくれたんですか?」

 名前の右腕がぼろりととれる。首に亀裂が入る。血が噴き出る。
 ボクはそのとき、足下が浮いてしまうのを感じた。





 いつもと同じ帰り道。火神くんを経由して彼女はボクに会いに来てくれた。
 サポートしてくれる火神くんに感謝だ。そうして、ボクらは二人で帰るのだ。そんな日常を繰り返していたある日、歩道に乗用車が突っ込んできた。
 ボクと名前は歩道を渡っているところで、訳がわからなかった。
 気がついた時には遅かった。乗用車の下敷きになって、ボロボロになった彼女を見、擦り傷だけの自分を見、周りを見渡した。背中には彼女が突き飛ばした感触が残っている。
 ボクは名前の所へ駆け寄ると、浅い呼吸をする彼女を抱き起こした。生温い液体が腕を伝う。名前の右腕がない。探さないと。
 ボクはその場を探しまわった。すぐに見つかった。けれど、指が何本がない。探さないと。
 救急車のサイレンの音が近づいてきた。でもボクは無数に散る彼女を集めていた。彼女が事切れる瞬間まで。
 いつの間にか白衣のお兄さんたちに掴まれて、必死に名前の名を呼んでいたのを思い出した。

「名前が死んでしまう!!」

 何度も言っているのに、ボクの身体は言うことを聞いてはくれなくて、泣くことしかできなかった。




 ボクはその場に泣き崩れた。名前が机から降りると、しゃがむ。右腕はやはりなくて、いつの間にか血が垂れている。

「一瞬でも思い出してくれてありがとう。私ね、テッちゃんが頑張って集めてくれたの知ってるよ。あの時はとても眠たかったけれど、ちゃんと覚えてる」

「一瞬でも忘れていたボクを許してください…、……やっぱり、許してくれなくていいです」

 だって指を見つけられなかったから、忘れてしまったから。

「テッちゃん、いいの。忘れてていいの」

 そんなこと言わないでください、と言えば彼女は微笑んだ。

「テッちゃんは私を知らない。私を知らないままなら、貴方は幸せでいられる」

「嫌だ、そんなのは嫌だ…、…」

 どんなに思い描いても彼女の顔が思い出せなくなる。少しずつ、誰だが分からなくなる。

「火神くんが、いるじゃん。私のことなんかより、大切な仲間がいるじゃん。私はその妨げになってしまうから」

 貴方がわすれても、私は忘れないと言って、ボクの中から彼女の存在は消えた。





 帰り道、ボクは横断歩道を渡った。すぐ隣の電柱には花が供えられていた。

「事故があったんですね」

「ッ…!」

 火神くんは顔を強張らせた
。そして曖昧に返事をする。どうしたのだろう。ボクは彼の表情が固まったのを見て首を傾げた。
 "なんでも精神的なものらしいわ。ショックで彼女に関することを忘れてしまったしくて。"
 "私さ、その事故見たよ。彼女の身体がバラバラになって必死に広い集めてた。その男子生徒"
 "学校内で見かけないけど不登校になっちゃったのかな?"

 最近よく耳にする噂。なんて可哀想な話なのだろうと、ボクは火神くんに言った。彼は何も言ってくれなかった。


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