▼ Autumn small story
彼女は良い生徒だ。出来の良い生徒。
社会では彼女のような人間が好かれる。
黒子は帝光中学の国語の教師だ。生徒からは厚い信頼を受けているが、影が薄いのが難点で、"黒子先生を一日のうちに三回見かけたら、良いことが起きる"という噂が流れているくらいだ。
「黒子先生、宿題のノートを先生の机に置いておきました。ちなみに全員提出物済みです!」
自信満々に言いながら、黒子の横に走って来たのは名前だった。
「ありがとうございます」
黒子が礼を言うと、名前は決まって嬉しそうに微笑む。
名前は何故か黒子に懐いている。
二年に進級し、黒子が国語の担当になり、名前は係で国語担当になった。
国語のある日は必ず黒子の側に来ては、何かと手伝ってくれる。黒子の荷物を時間の許す限り持つのだ。
今日はプロジェクターと持ち運び用のケースに入ったスクリーンを持ってくれている。
「先生、次は何組で授業ですか?」
「5組です」
「私が持ちます」
こんな感じの会話をして、プロジェクターとスクリーンを持ってもらったわけだ。
黒子には小さな優越感があり、優秀な生徒を持ったと思っている。
「名前さん、もうすぐアンサンブルコンテストだそうですね。どうですか、練習の具合は」
黒子が聞くと、名前はにこやかに答えた。
「まだまだ曲には程遠いです」
「そうですか?前回の中間発表の時、すごく良い演奏をしていましたよ」
吹奏楽部には何度か黒子もお邪魔している。なぜなら名前たちの中間発表に招待されることが多々あるからだ。
中間発表で素人の先生方にも聴いてもらい講評会をすることがある。
招待されて、名前がバチを片手に二本ずつ持って木琴を叩いているのを見て驚いたのは、つい先週のことだ。
「あれは何カ所か失敗してますから恥ずかしかった覚えしかないです」
照れ笑いをする名前に、そんなこと無かったと黒子は微笑む。
「良ければボクにアンサンブルのチケットをくれませんか?」
名前は黒子を見上げる。少しの沈黙のあと、一気に顔を赤くさせた。
黒子は何事かと、教科書を落としかける。ついでに顔を朱に染めた、恥ずかしそうな名前の顔に胸が高鳴ったのは秘密である。
「その…、チ、…チケット…」
今度は俯く。
唇を噛み締めたのが見えた。黒子は名前の顔を覗き込もうと、背中を丸めたときだった。
名前の焦りが混じった唸り声が聞こえたかと思うと、プロジェクターとスクリーンを突如、押し返され、黒子は慌てて抱え込む。
棒状のスクリーンのケースの先が黒子の顎にアッパーをした。
「あ、苗字さん!?」
仕事を放棄して走り去って行った、名前を唖然と見つめているとチャイムが鳴る。
黒子はチケットを貰えなかったというショックに潰されそうになりながら、5組に向かった。
***
昼休みに、黒子はマジバで買ったシェイクとバーガーを取り出す。
職員室はざわざわと先生と生徒が話をしたり、小テストの丸付けをするペンの音がする。
シェイクにストローを挿したところで、机に鎮座した宿題のノートを開いた。
赤ペンでコメントやミスの理由を丁寧に書いてくれるのも黒子が人気の理由。
名前のノートを開いた。そのとき、小さな紙切れが栞のように挟んであった。
黒子がそれをつまむと、第xx回 アンサンブルコンテスト-第二部門-と印刷されているのがわかった。
ついでにチケットには可愛らしい花柄の付箋が付いており、シャープペンで女の子特有の丸文字が書かれていた。
顔が熱くなる。名前が逃げて行った理由もよく分かった。
付箋には小さく好きです、と書かれていた。
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