▼ LOOP-LINE

 雪がちらつき、朝の通学ラッシュの満員電車に拍車がかかる。高校一年生の平均より2cm高い、160cmの身長で名前は知らない人に押し潰されながら、何とか吊り革にぶら下がっていた。指先が引っ掛かっている程度で、後は電車の遠心力に耐えるのみ。
 アナウンスが流れている。優先席で悠々と新聞を読むオッサンや、朝からうるさい他校の男子高校生。ゴリラのように手をパンパンと叩いて笑い狂う女子中学生。名前は電車が苦手だ。朝のけだるさが朝から倍増するのだ。
 不意に電車が傾く。酷く大きく振動し、名前は吊り革に引っ掛かっていた指が滑るのを感じた。この満員電車の中で倒れるのは避けたいが、ガタガタと揺れる電車に足元がもたつき、他人の足に引っ掛かり、結局横に倒れてしまった。

「わぅっ!?」

 満員電車の中で倒れるところを誰かの身体にぶち当たってしまう。

「すいません…」

 控えめに小さく言うと、身体の主と目があった。

「あ、苗字さん。おはようございます。大丈夫ですか?」

 丸い目が無表情で語る。名前は誰だっけと、頭を傾けそうになる。けれど、相手は同じ高校の制服なのだから知っている可能性は高い。

「えと、おはようございます…」

 全く見覚えがないように感じた。名前が何とか体制を立て直すと、彼はクスクスと笑った。

「ボクが誰か分からないんでしょう?」

 その言葉を聞いて、名前は反論しかけた時、ギイイィィっと鈍い音をたてながら急ブレーキがかかる。
 名前は身体が軽く浮いてしまう感覚と、喧騒に埋もれていくのを感じて目をつむった。
 急ブレーキがおさまる頃には、鼻をぶつけた痛さだけが残り、温もりを感じていた。
 目を開ければ、彼の腕の中で名前は固まっていた。

「吊り革に届かないんですか?」

 危ないですから、ボクに捕まっていて下さいと紳士的に言うと、名前を支えた。顔が熱くなるのと同時に、知らない人に押し潰されてくっついてしまうことが、何より恥ずかしかった。
 ふと彼のバックを見ると学生証が覗いていた。

「(…黒子、テツヤ?)」

 しばし考えて、学籍番号を見た。

「同じクラス!?」

 公共機関にも関わらず大声で言ってしまった。

「あ、やっと気づきましたか、」

 なぜ、彼の存在を知らなかったのだろう。不思議だった。



 あれからクラスでも電車でも黒子を見かけたことはない。誰に聞いても無駄であった。ただ一目、会いたかった。

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