再開の午後



 とりあえず、中に入るが、やはり人がいる様子がない。普段から人気がないのだから尚更である。
 もう教室に戻ろうかと思った時、ひんやりとした物に視界を奪われた。

「わっ!?」

 思わずあげた声。ひんやりとした物が誰かの手だと分かった。しかし、誰の手か分からない。
 遠慮がちに触れてみると、細い指にカーディガンの感触。女子だ。

「黒子くーん。捕獲したわよ!!」

 黒子?誰だ。それよりこれはどういう状況なのだろう。知らない女の子の声がする。
 足音がして、こちらに近づいてきた。不安しかない。ピタリと足音が目の前で止まった気配がしたと同時に女子に突き飛ばされた。

「あぐっ!?」

 情けない声を出して目の前の足音の主にぶつかる。急に開けた視界の先には水色の髪の毛の少年がいた。
 しっかり、名前の身体を支えているが、困った顔だ。慌てて離れると、女子の声が図書室に響いた。

「あとは黒子くん次第よ!!」

 パタパタと走り去る音がして、振り返るが名前の目を塞ぎ、突き飛ばした女子はいなくなっていた。
 名前は目を白黒させる。

「すいません。驚きましたよね」

 水色の髪の毛の少年の方を向くと、まだ困った顔をしている。
 本当に困った顔をしたいのはこっちだというのに。

「あの…」

「お久しぶりです。テツヤです」

「えと…?」

 名前は頭にクエスチョンを浮かべた。まったく覚えがない。
 テツヤという少年は名前の頭を撫でた。そして、少し屈んで耳元で低く囁く。

「名前ちゃん、忘れたんですか?」

 名前は首を傾げる。そして、異性との急接近に顔を赤くした。
 テツヤは名前のイマイチな反応に肩をすくめた。

「…ひどいです。小5のとき、同じクラスだったじゃないですか」

 ほら、隣の席で、よくミニバスをしに行ったじゃないですか、と説明をする。
 名前は記憶を辿る。確か小5のときは父親の転勤で転校した覚えがある。
 あまり、思い出はない。

「……あ」

「思い出しましたか?」

「田中くん?」

「その人は右隣りの席の子です…」

「じゃあ、クロちゃん?」

 当たりです、と嬉しそうに微笑んでテツヤは手を握った。
 名前の中で思い浮かんだクロちゃんはこんなクロちゃんではない。
 確か、背が小さくて、目立たなくて、優しくて、誰よりも幼い顔立ちだった。尚且つ、前髪はいつも眉くらいまでしかなかったはず。
 なのに目の前の人は、背は名前より大きいし、大人っぽい雰囲気の青年だった。前髪だって目元まで伸びている。

「…本当に?」

「なんですか、その目は」

 テツヤの口が少しだけヘの字になった。名前には小さなクロちゃんしかわからない。というより知らない。

「なんだか、…大きくなったね」

 私より小さかったのに。

「再開してから一年間。ちょっと視界に入りそうなところにいたのに、まったく気づいてもらえなかったんですよ?それに帰ってきてたなら連絡とか欲しかったです」

 テツヤがさみしそうな顔をした。あまりに気がついてもらえないものだから先輩に協力してもらったと彼は言った。

「う、ごめんなさい」

「いいんです。でも、約束は覚えてますよね?」

「約束?って、あ!?」

 恥ずかしい内容の手紙を交換したはず。正しくは名前がテツヤに押し付けたのだが。
 わたし、クロちゃんのかのじょになるから、うわきしないでね!!また会ったときは絶対にかのじょにしてね。だとか書いて押し付けたのだ。

「わ、忘れて!!あれは、その…、一時の勘違いというか」

「嘘だったんですか?」

 テツヤが悲しそうな顔をした。名前は慌てて否定すると、申し訳ない気持ちになった。

「クロちゃんのことは好きだけど、なんか私の知ってるクロちゃんとは違いすぎてて…」

 名前がふしゅうと空気が抜けたように脱力した。

「ボクは変わってないですよ?だって名前ちゃんのこと好きですし、ちゃんと約束通り待ってました」

 誠実な人だ。彼は。
 名前には勿体無い気がした。

「それに、あの手紙には手作りの婚姻届が入ってたんですよ?入籍の日がボクの誕生日で「わああああああああああああっ!!」

 そのことは覚えていない。思わずテツヤの言葉を遮ってしまった。
 名前は熱くなりすぎた顔を隠して背を向けた。くすくすと笑うテツヤは今日が入籍の日です、と言う。

「1月31日、入籍の日でボクの誕生日」

 素敵な日ですね、とテツヤは言った。こんなことを言うためだけに呼び出したのなら、彼はただの鬼畜だ。人畜無害なのは見た目だけ。
 名前が、もうやめて…、と言うと、頭をぽんぽんとされる。

「恥ずかしがらなくていいんですよ?ボクは嬉しかったです」

「私には黒歴史だけどね」

「…名前ちゃん、ボクは今でも貴女が好きです」

 その言葉に名前は固まるしかなかった。

「………」

「もし、付き合ってくれるなら、」

 ボクの右手を取って下さい、もしくはさよならを。
 答えは二択だ。名前は熱を抑え込むように息を吸っては吐いた。そしてテツヤの差し伸べられた手を見た。

「………」

 名前は悩む。あの時とは違う、大きくて骨張った手を握るか、別れを再び告げるか。
 名前は高鳴る鼓動を抑えて、意を決した。

「クロちゃん…、わたし」

 何故か涙が出た。テツヤの手を握りしめる。

「クロちゃんとさよならはしたくない…」

 テツヤはそっと引き寄せて、抱きしめた。名前と変わらなかった肩幅はもう、名前より大きくて、暖かな日差しのような抱擁に懐かしさを感じる。

「ありがとうごさいます」

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 
 

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