■ 7秒
「黒子くーん、」
篭球同好に入ってきたのはリコ。黒子が高校時代に随分とお世話になった人だ。
「あ、カントク…」
「何、この淀んだ空気」
「全部黒子っちが出した空気っス」
何気に失礼なことを言っている黄瀬を怒る気力すらない。
「カントク、ボクに一喝を入れてください」
「えっ!?でもぉ、リコはぁ、か弱い女の子だしぃ」
「「…………」」
黒子はリコに向き合うと真剣な眼差しで見た。
「カントクの一喝でボクの結婚が左右されるんです」
「何その話!私の一喝で人生の分岐決める気!?」
黒子は頷くと桃井が注釈を入れた。
「リコさん、実はテツくんが彼女さんと喧嘩中で…」
「……なるほどねぇ。黒子くん、こっちきなさい」
「…っ!!ありがとうござっ「ふんっ」
バチィンと音が響き黒子が倒れる。黒子のジーパンからタッチパネル式の携帯が落ち、タイミング良くメールを受信した。
「黒子っちぃいい!?ちょ、アンタ何してんスか!?」
「年上にアンタってどうなのよ。というか一喝入れただけじゃない」
「リコさん、テツくんが…」
黒子はフラフラと起き上がると携帯を拾いメールを見た。
"10分以内に大学の近くの駅に来ないと名前貰っちゃうからね。京都でラブ×2するよ。泣き顔可愛かったな"
黒子の目が見開かれる。携帯を放り、リコの前に立つと深々とお礼した。
「カントク!おかげで目が冷めました。ありがとうございます。ボク用事が出来たんで失礼しますッ」
「え?あ、そう?なら良かったわ」
黒子がダンッと足音をたてて走り出した。
駅まで走るが時間はギリギリ。黒子は大学の正門を飛び出し、歩道を走り抜ける。曲がり角を曲がったところにある駅の中へ入り、8番ホームへ迷わず向かう。
階段をのぼり、渡り通路を駆け抜け、階段を降りる。人混みを掻き分けながらキョロキョロする。
奥に一際目立つ赤色が見えた。
「(見つけた…!)」
***
「ボクの乗る新幹線が来るまでにテツヤが来なかったら名前はボクと京都に行く」
『…そんな無茶苦茶な』
赤司らしかぬ発言に名前は戸惑う。
「もしテツヤが来たら仲直りすること。でも来なかったら名前は僕に惚れなきゃいけない」
ますます意味不明だ。
『でもテツヤは赤司くんがこの駅から京都に行くなんて事知らないよ…』
「だから賭けなんだ」
赤司が黒子に場所を教えていたなんて名前は知りもしない。
『…………』
「どうしてそんな顔をするんだい?あ、残り7分だ」
突然暗い顔をする名前に赤司は笑う。しかし内心は焦っている。
黒子は絶対に来る。間に合うかが問題だ。
ジリジリと過ぎ去る時間が名前も焦らせる。
残り5分。
名前が泣きそうな顔で赤司を見上げる。
『(テツヤくん…)』
残り3分。
「(テツヤ、遅い。まさか道端で死んでないだろうな)」
中学生の頃の黒子を思い出す。外周だけでゼェゼェと息をきらして倒れていた。
決して貧弱ではないが体力が無いのは元々だ。
残り1分。
『あかしくん…』
ボロボロと泣く名前が赤司の服を掴む。何も知らない名前には理不尽な賭けだ。しかし本当に理不尽な賭けなのは赤司の方。
『テツヤくんが来ないよおぉ…』
子供のように泣きじゃくる名前の頭を撫でながら赤司は平然を装う。
「そうだね」
ホームに新幹線が滑り込む。タイムリミットだと赤司が思った。
「名前さんッ!!」
背後で黒子の声がした。赤司が名前を離し、黒子の方へ思い切り突き飛ばす。
『テツわっ!?』
「行っちゃ嫌だ!!」
そのまま黒子の腕の中に収まる名前を見届け、ボストンバッグを持ち上げると赤司は新幹線に乗り込んだ。
「(おめでとう。テツヤ、)」
赤司の方を名前と黒子が見たときには誰もいなかった。
『赤司くん!?』
そのことに驚いた名前が身を乗り出した。
しかし黒子がそれを許さない。
「何気あの人本気でしたね」
新幹線の中で赤司は微笑んだ。
「(初恋は実らないって本当なんだね)」
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