■ 5秒

 シェアハウスに帰ってからは黒子も名前も無言である。
 名前はキッチンで野菜炒めを作りながら、背後からの視線に居心地の悪さを感じた。
 視線の主は黒子である。

「…名前、同好会に入ってくれないんですか?」

『……興味ないし』

 結構真面目なサークルなんですよと黒子が言うが、名前は嫌だの一点張り。

「人数も少なそうにみえますけど、結構な人数がいるんですよ。外部とはいえどキセキの世代が通いつめる同好会ですから」

『入らないものは入らない。それから帰ってこなくていいって言ったじゃん』

 黒子がシオシオと名前の後ろでうなだれる。

「そんなこと言わないでください…」

 フライパンを操る名前の腰に黒子の腕が巻き付いた。名前は動きにくくて堪らないが、咎めはしない。ちょっと言い過ぎたと反省したからである。

『テツヤくん』



「あつッ」

 背後で控え目に身体が震える感覚がし、名前は咄嗟に野菜炒めの油が飛んだのだと思った。
 火を消し、黒子の腕を退かすと向き合う。

『どこ火傷した!?』

 顔を背ける黒子に、名前は近づこうとすると足がもつれ、思い切り体重を掛けてしまった。

 名前に押され、黒子は尻餅をつく。

「いた…」

『あ、ごめん』

「名前…」

『あっ!?ちょっと!火傷は!?』

 ゴロンとキッチンの床に押し倒され、名前は混乱しつつ黒子に手を伸ばした。

「火傷はウソです」

『はぁ!?』

 黒子は名前をまじまじと見ると、ため息をついた。
 そして大人しく退く。

「…冗談ですよ」

 真顔でペロンとスカートをめくった。

『ジョーダンとかいっときながら、スカートをめくるなッ』

 名前は黒子を蹴ると、飛び起きて、部屋へ走った。
 黒子は唖然とその場に座り込んでいた。
 シェアハウスには野菜炒めのおいしそうな香りが漂っている。



∝∝∝



 翌日、名前に華麗なビンタをくらい、そのまま大学へ行ってしまった。
 黒子は頬に湿布を貼って篭球同好会のあるダイヨンへ向かった。
 案の定、先客がいて、黒子の頬の湿布を見て騒然とした。

「く、黒子っち!?どうしたんスか!?」

 最初に駆け寄って来たのは黄瀬で、今日は珍しく桃井も来ていた。

「テツくん!」

「…おはようございます」

 黄瀬と桃井がオロオロとしている。一般に美男美女と呼ばれる二人は黒子の手を引いて、椅子に座らせた。

「黒子っち、まさかとは思うっスけど…」

「名前と…ケンカしました」

「名前って誰?」

 桃井の疑問に黄瀬は答えた。

「黒子っちのカノジョっス!」

 桃井は目を見開き、黒子を見つめた。そしてカクンと座り込む。

「か、彼女…?」

 黄瀬は桃井の反応を見て、しまったというような顔をした。

「桃井っち、その、えと、二人はルームメイトで」

「テツくんと一つ屋根の下…?」

 黒子がこの世の終わりのような顔で虚空を眺めている。
 黄瀬が両者を交互に見て、ため息をつく。

「黒子っちはともかく、桃井っちは落ち着くっス!!」

「きーちゃん、私ッ!」

「桃井っち、それ以上は言っちゃダメっス!!」

 桃井が涙目で黄瀬を見上げた。もちろんその先の言葉を黄瀬は知っていたから止めたのだ。

「テツが中学の時から好きだったのッ!!」

 黒子が目を見開いて、桃井の方へ振り向いた。
 黄瀬はあちゃーと俯く。
 同時に入り口の付近でガタンと音がした。
 今度は三人でそちらを振り向いた。
 ドアの向こうに立っていたのは名前だった。黒子は椅子から立つと弱々しく声を掛けた。

「名前さ『寄らないでッ!!』

 その一言を残して名前は走り去ってしまった。


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