■ 10秒

 大学を休んでやって来たのは東京から遠く離れた田舎。澄んだ空気は持久走をしていても喉に詰まることはない。

 何故こんな田舎にいるかというと、話は二日前に遡る。
 恋愛運が無かったのか恋愛に疎いのか、とにかく恋愛など無縁だった名前に彼氏ができた。きっかけはルームシェア。
 名前の母親は喜んだ。しかし父親の反応は微妙だったらしい。

 黒子が結婚という語句を出してしまったのが今回の旅の原因。普通なら有り得ない話だ。
 どちらにせよ名前にも大切な問題でもあるし、黒子と結婚することに異論は全くない。
 むしろウェディングドレスはどうしようだとか想像してしまう。

 結果的に改めて黒子は挨拶に伺うことにしたのだ。
 名前の故郷には新幹線が通っていないために、特急電車で6時間の旅に立つことになった。

 そして黒子の普段着にネクタイがついただけの服装に少し胸が高鳴ったのは秘密である。

 そして冒頭に戻る。


 黒子が伸びをしながら空気を吸い込み、座り疲れた名前の背中をさすった。
 ゲロゲロに酔った名前は青白い顔で黒子を見上げると、またぐったりと頭を下げる。

「大丈夫ですか?」

『…大丈夫に見えるの?』

 少しオシャレをしている名前は華やかな服とは違いげっそりとしていた。

「…少し横になりますか?」

 向こうのベンチを見ながら黒子は名前の肩を支えた。

『ん』

 黒子がベンチに名前を座らせると、一息つく。




 名前が回復したのはつい先ほどだった。黒子は名前に案内されながら、遠いですねと呟く。
 かれこれ15分近く駅から歩いていた。

『じゃあ、近道しようか』
「あるんですか」

 名前はこっちと手招きをした。黒子はこのあと自分の発言に後悔する。


 人の家の塀の上を駆け抜け、鶏舎の屋根の上に飛び移り、近くの木の上を渡り歩く。

 息絶え絶えの黒子に対し、名前はケロリとしている。

『近道はね3分程早く家に着くの』

「…3分ですか」

 遠い目で黒子が言う。
 もはや目的を忘れてしまいそうなくらいにボロボロだ。
 何とかついた名前の家は古い、木造の家だった。広い玄関が、古風で傘立ても随分と古ぼけている。
 奥から名前の母親が出てきて、ヨレヨレの黒子を見て、あらあらと笑った。


 廊下を歩いたあと、客間に通される。
 黒子は何とか背筋を伸ばして客間に入った。そこには、名前の父親がいた。雰囲気は木吉のようにニコニコしていて、容姿は日向の超ムキムキバージョンにも見える。

 ムキムキなのは確かだが、体格がハンパなくて黒子は思わず噴き出しそうになった。太マッチョとはきっと彼のことをいうのだろう。

『お父さん、紹介するね。付き合っている黒子テツヤくん。カワイイでしょ』

 せめてそこは恰好良いと言ってほしかった。
 そして名前の父親が怖い。

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