■ 9秒
電話越しに懐かしい母の声を聞く。タッチパネル式の携帯は名前の耳に軽く押し当てられている。
黒子があぐらをかいている上に背中を預けて座り、かれこれ1時間近く話し込んでいた。その間に黒子がもぞもぞと動こうが、構ってと首元に顔を埋めようが名前は反応しない。
慣れた手つきでスルーするだけだ。
その所為か黒子は不機嫌そうに名前の後頭部に頬を乗せていた。後頭部に目があるわけではないから、そんなことも知らない名前はキャッキャッと母親との会話に花を咲かせる。
『でねぇ、火神くんがさぁ、ダンクシュートを教えてくれたんだけど身長的に無理なんだよね〜』
先程から名前の会話に黒子の話は一つもない。それさえ苛立ちを深くさせる。黒子が名前の腹に腕を回し、構ってと抱きしめた。
『でもさ、あんまり必死だからさぁ』
会話をしながら名前は動きづらいと黒子を肘で押し返す。
ついに、ぶすっとした顔をした黒子は呟く。
「…………暇です」
『アハハハハッ!!』
女の子特有の甲高い笑い声とオーバーリアクションに黒子はげんなりした。完全に無視をされている。
「…………お腹空きました」
黒子がさっきより力を込めて抱きしめる。
『それでさぁ、火神くんとテツヤくんで今度ストバス行くのッ!』
語尾に力が入り、同時に渾身のひじ鉄が鳩尾に入った。女の子は本気で殴られることを知らない。だからか、容赦の無いひじ鉄に黒子は呻いた。
「…………泣きますよ?」
『うん。でね、ルームメイトが…』
ちまちまと黒子の話が出始めるが、不機嫌は治らない。原因はこれではないようだ。
「名前さーん、」
『その人がカッコイイの!!人生初の恋人なんだぁ』
「……………」
ピクリと止まる黒子を気にすることなく、会話を続ける。
『初恋だからいろいろ困るんだよね〜。その人がテツヤくんなんだけど…』
「(………………)」
『すぐホームシックになったり、料理が出来なくてゆで卵生活してたり、とにかくカワイイの。火神くんに高校の時の写真を見せてもらったんだけど、超童顔』
黒子の脳裏に火神の笑顔が過ぎり、殴り飛ばしたい衝動に駆られる。
『高校では178cm?あったんだって〜』
「(168cmです)」
そんなに大きくないです。ご了承ください。
『今は188cm?だいたい10cmくらいは伸びたみたいで、超長身』
10cmの誤差に気がつかないまま名前は続ける。
『テツヤくんのママはカッコカワイイ』
「名前さん、」
黒子が大きな声で叫ぶように言った。
『ちょ、うるさい』
「結婚しましょう!!」
最近ポピュラーになりつつある台詞に名前は固まる。
『は…………?』
パッとタッチパネル式の携帯を取り上げると黒子は更に言う。
「こんばんは。黒子テツヤといいます。単刀直入に言わせてもらいます。娘さんをボクにください」
黒子が真剣な顔で言った。そして、名前は顔を赤くさせて黒子から携帯を奪おうともがく。
『テツヤくん!何言って!?』
「名前さんをくれないとボク、死にそうです」
淡々と恥ずかしいことも言うから、余計に名前は赤くなる。
「あと、名前さんのご飯めちゃ上手いです」
『棒読みか』
本当は棒読みでないことくらい分かっている。しかし、携帯を奪い合う内に名前は上から黒子の片手に頭を掴まれ、身を起こすことが出来なくなってしまった。
「今度、挨拶に伺ってもいいですか?」
『ブフッ!?』
急展開に名前は思わず噴き出す。
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