■ 猫に恋

※黒子が飼い猫設定
※夢主は小学生

 小学二年生の名前は学校から帰ると、必ず飼い猫を愛でる。
毛並みは白に近いグレーで、目は真ん丸で、瞳は水色に近い淡いブルー。
 オスで名をテツと言う。
 元は捨て猫だった。
 拾ったのはもちろん名前で飼いたいと駄々をこねたのも名前だ。
 自分で世話をすることを条件に飼いはじめた。

『テツー!ただいまっ』

 たいてい名前の部屋にいるテツは、ドアの開く方を見て目を見開いていた。 音に敏感な猫だからきっと驚いたのだろう。
 テツはにゃぁと小さく鳴いて、名前の足元に擦り寄った。
 名前はランドセルを定位置に置いて、テツを抱き上げた。テツを拾ってから三年が過ぎた。

『聞いて、テツ』

 大人しく名前の腕の中で丸くなるテツの猫背を撫でながら、ベッドに背を預けて座る。

『今日ね、試合があったの。それでね、負けちゃったんだ』

 テツは煌々と目を光らせていたが、顔面に名前の涙が落ちてきたために、驚いて小さく身体を震わせた。

『私、バスケの才能ないのかも…』

 いきなり顔を涙でぐちゃぐちゃにした名前の腕の中で顔を埋めた。
 小さな手がテツの首元を器用に撫でると、ゴロゴロと音がなる。

『私、バスケやめたい』

 途端にテツのしっぽがピンッと立ち、身体を起こした。
 まるで人間の言葉を理解しているような動きだった。

『テツはどう思う?』

 テツになら素直になれると、名前は思っている。
 じっと見つめると、テツはいきなり頬に猫パンチをしてきた。
 軽く肉球が当たっただけだが、名前は唖然とし、俯いた。

『……』

 テツが床に降り立つと、そそくさと部屋を出て行ってしまった。



∝∝∝



 その日の夜。ベッドが自分以外の重みで揺れ動いた。
 名前は寝ぼけながら、飼い猫の名前を呼ぶ。

『…テツ?』

 手をさ迷わせて、飼い猫を抱き寄せようとする。
 その時、ペタリと何かに触れた。
 猫特有のしなやかな身体でもなく、毛皮でもないもの。
 名前は寝ぼけていた頭が覚醒し、上半身を起こした。
 しかし、左肩をぐっと押され再びベッドに落ちる。

『……?』

 名前は左肩に触れた物を見て固まった。
 それは男性の手だった。大人の手でゴツゴツしている。

『ドロッ!?』

 ドロボーと言いかけた名前の口を、反対の手が押さえ込む。
 手の主を見上げると、名前は目を見開いた。

「静かに…」

 二十歳前半の男がいたのだ。名前は身をよじらせて逃げようとしたが、強く押さえ込まれ、塞がれた口から溢れた唾液が男の手を汚す。

『ふっ!…やッ』

「暴れないでください」

 優しい声の方を見上げれば、男は困った顔で名前を見ていた。

「ボクです。テツです」

 名前が驚きで抵抗をやめると、あっさりと押さえ付けていた手を退けてくれた。

『…テツ?ホントに?』

 あっさりと信じ込んでしまう名前はまだまだ小学生なのだ。

「はい」

 テツの手が名前の身体を抱き寄せた。

『テツは猫なのに?』

「…確かにボクは猫です。でも、貴女と話しがしたかったから…」

 テツの腕の中で顔を上げると、水色に近い淡いブルーの瞳と目が合う。

『私と?毎日お喋りしてるじゃん』

「でもボクの声は名前には届かない」

 名前の頬に唇を寄せながら、言われた言葉に返せなくなる。

『……』

「こうして触れているだけでも嬉しいのにボクは貪欲だから…。でももう時間が無いんです」

 テツは名前を抱き抱えてベッドに座った。

『時間が無い…?』

「はい。だから少しでも名前と話しがしたかったんです。それにお礼も言いたかった」

 拾ってくれてありがとうございますと丁寧にテツは告げた。

『……』

 呆気に取られた名前がポカンと口を開ける。

「それからバスケはやめないでください。名前のバスケの話もボクは大好きですから」

『……え』

「やめようかと話をされたとき、思わず軽くパンチをしてしまいました」

 苦笑するテツは名前の頭を撫でた。

『テツ、私バスケやめない。約束する。それとね、テツのこと好き』

 名前からすれば家族に向けて言うような言葉だったが、テツからすると、それは告白と何ら変わりは無かった。

「ボクもです」

『ずっと一緒だよ?』

「……はい」

 名前はテツに擦り寄ると、ぎゅうっと抱きしめた。

『ねぇ、テツ』

「何ですか?」

『テツは人間になると二十歳くらいなんだね』

「あ、まぁそうですね。というか実際の年齢は二十歳です」

 随分と歳をとりましたと爺臭いことを言うものだから名前はキョトンとする。

『おじいちゃんみたいな事言うんだね』

「十分ジジィですよ」

 テツは自嘲するように笑った。

「一つ我が儘を聞いてください。ジジィの最後の願いだと思って」

『ジジィって、…まぁ、いいよ』

 名前が言うと、然も嬉しそうな顔でテツが微笑んだ。

「ボクとキスしてください」

『キスー?』

 名前は怪訝な顔をするが、黒子を一瞥し、意を決したように、拳に力を入れた。
 そしてテツの頬に唇を押し当てる。
 テツは唇じゃないのかというような顔をしているが、名前にそんな大人のキスなんて知る由もなかった。

『どう?』

 テツがはっとしたように名前を見つめると、情けなく眉を下げた。

「ありがとうございます」

 弱々しい声で言ったテツは名前を強く抱きしめる。

『テツ…?』

「名前、そろそろお別れのようです」

 テツの言葉に名前はもっと話をしようよと駄々をこねた。

『バスケの話もいっぱいするから!ずっと一緒でしょ!』

「…ダメなんです。時間切れなんです。…でも少しだけ、待ってください。いい子で待っていたら、ずっと一緒です」


 十四歳の誕生日、貴女が再び二年生になったら迎えに行きます。



 ただそれだけを言い残し、いつの間にかテツは消え、名前の意識は途切れてしまった。
 翌日、名前の横で事切れているテツを見つけた。
 名前に寄り添いながら、冷たく、固くなっていた。
 母には昨晩のことは言えなかったが、聞くところによれば猫の二十歳は人間の百歳を裕に超えているらしい。
 だからあの時テツは自らをジジィだと言ったのだと理解した。
 それから先のことは、ただ泣きじゃくった記憶しかない。



∝∝∝



 そんなこともあったなぁと、アルバムを見て思い出した。
 小学生二年生の頃、最愛の飼い猫が死んだ。名をテツという。人間の姿で別れを告げに来る夢を見るくらいに大好きな猫だ。
 あの時は夢じゃないて信じていたが、最近は夢かもしれないと思いはじめている。
 今日で名前は十四歳だ。中学二年生になった。
 再び二年生になったのだ。

 帝光中学で一軍のマネジャーをしている名前は今学期の新メンバーの確認の為に体育館にいた。
 膝の故障でバスケは中一でやめた。帝光中では女バスの一軍レギュラーだったのだが、惜しくも退部になってしまった。
 しかしテツとの約束もあり、男バスのマネジャーとして再入部したのだ。
 名前のバスケの快進劇はさておき、今年は我らがキャプテン、赤司が直々に一軍へ推薦した選手がいるらしい。
 名前は誰だろうかとウキウキしながら、その猛者を待った。

 赤司と桃井が名前の隣に立ち、続々と入って来る新一軍メンバーを眺めた。
 キセキの世代はもちろん、見ない顔もたくさんいた。

「じゃあ新メンバーの一軍の皆さん、自己紹介とアピールをお願いします」

 桃井の声と共に、キセキの世代から自己紹介が始まった。青峰の次に並ぶ男子が優しいテノールの声を静かにこだまさせる。

「元三軍の黒子テツヤです。ポジションは特に無く、赤司くんと青峰くんの推薦で来ました。パスが得意です」

 彼は猛者というには少し儚過ぎる見掛けをしていた。しかし、名前は黒子を見た途端に、持っていたバインダーを落としてしまう。

『テツ…』

 呟くと黒子は名前を真っ直ぐに見て微笑んだ。


 十四歳の誕生日、貴女が再び二年生になったら迎えに行きます。

 あの言葉が名前の中に反響する。
 水色に近い淡いブルーの瞳に名前は懐かしさを感じた。

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