■ TRICK OR TREAT
ハロウィンといえば、お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!、という脅し文句で有名だが、彼の場合は少し違う。
彼というのは、私の彼氏である黒子であるが、いろいろ真っ直ぐで素直すぎる。
私は名前。
今日はハロウィン。
***
「名前、トリックオアトリートです」
放課後に黒子の家に訪れたのは、もう19時を過ぎたときだった。
黒子の部屋に入ると、開口一番に、ハロウィンの決まり文句を言われた。
『しかたないなぁ』
言われることくらい分かっている。
学校でトリックオアトリートを連発する生徒はたくさんいたし、忘れるはずがないだろう。
制服のポケットからあらかじめ用意していたキャンディ数種類を手に握り、黒子に手渡した。
「ありがとうございます。では早速、悪戯させていただきますね」
一口サイズのキャンディの袋を開けながら、黒子は言った。
名前は耳を疑う。
『え、お菓子あげたじゃん』
黒子はキャンディを袋からつまみ出すと、小さく笑った。
キャンディを食べるのかと思いきや、名前を床に座らせる。黒子も名前の前に座ると、キャンディを見せびらかすように掲げた。
数秒の沈黙のあとに、黒子の指先がつまんでいるキャンディが名前の唇に触れた。
「あーん、してください」
優しくそう言うが、既にキャンディを唇に強引に押し付けられて、我慢できずに口を開いてしまった。
小さな飴玉が、甘味を散らしながら口内に広がる。
いつの間にか無意識に閉じてしまっていた目を開けると、黒子の指先が名前の口元に触れる寸前だった。
思わず、飛びのく。
「そんなに怯えないでください」
虐めたくなります、と囁かれた。その吐息混じりの温かな囁きが名前を軽く羞恥に攻め込む。
綺麗に切り揃えられた爪が唇に当たり、口の中へ割り込んだ。口の中の飴玉ごと、ぐるりと掻き混ぜる。
唾液が溢れ出て、名前の顎と、黒子の指先に伝った。
「ほら、ちゃんと舐めてください」
乱暴に飴を押し付けるから、唾液に混じった飴が口の周りをベタベタにする。
名前の瞳には薄く涙の膜が張り、いつかは全潰しそうだ。
カロンと歯にキャンディがぶつかった。
「ボクが欲しかったのは飴玉でもなんでもない」
指を引き抜くと、ぺろりと舐める。
私は何が欲しかっただなんて聞けなかった。
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