■ 訪れなかった迷子の日曜日

※死ネタ



 美しい、雲一つない青空。そこに溶け込むように、木々が枝を伸ばしたまま静止していた。
 ボクは肌寒さを感じて学ランに手を伸ばす。
 スッと袖に腕を通すと、シャツ越しに外気で冷えた布が透けて伝わって来る。
 こんな薄ら寒い日には、暖かいお茶が一番おいしいと、名前が言っていた。
 もうすぐ色づく紅葉が一枚だけ落ちている。
 きっと美しい深紅になるだろうと、ボクはしゃがんで紅葉を拾った。
 深紅に染まった名前を思い出す。
 名前は紅葉のように、いつだって無表情な訳ではない。確かに表情は乏しいが、それは大きな口で下品に笑ったり、喚いたりしなかったからだ。
 そう、名前は気品にみちあふれていた。ボクは密かに名前に憧れていた。
 彼女もボクに憧れていたと聞いたが、それが本当か確かめる術もない。

 今日は名前の命日。彼女が独りぼっちにならないように、毎年欠かさずお墓参りに言っている。
 思い出せば名前は独りぼっちだった。だからボクがいないと、寂しい思いをするに違いない。
 ボクが毎日寂しかったのだから、きっとそうだ。



 彼女は結核で死んだ。今時、結核で死ぬ人なんて、あまり聞かないが、確かに彼女は結核だった。

『テツヤくんには言っておかなきゃならない話があるの』

 そういって、ボクの腕の中で抱きしめ返してくれた名前が教えてくれた。

『私ね、結核なの。でも、アレルギーで抗体を持っていないからすぐにテツヤくんとお別れすることになるから』

 ボクの胸に顔を埋めて、だんだんと強く抱きしめてくれるが、華奢な肩が震えているのが分かった。
 時の歯車にその身を奪われるまで、あと少しなのだと思うと、なんとも言えない気持ちが、ボクを襲った。

『ごめんね』

 ボクには"ごめんね"が"死にたくない"と聞こえる。
 だからボクは彼女の顎を掬って、口づけた。"貴女はまだ死なない"と言うように。
 名前の驚いた顔はすぐに幸せそうな顔に変わる。
 明日にでも学校をサボって遊びに行こう。きっと名前も喜ぶ。
 明後日は土曜日だから遊園地やアミューズメントパークに、日曜日は買い物に行って、欲しいものを全部買ってあげて、映画でも見に行こう。



 結局、彼女に日曜日は訪れなかったが、それでも幸せそうにしていた。
 遊園地の帰りに彼女の家にお邪魔した。そこには彼女にそっくりな目をしたお母さんと、全然似ていないお父さんがいて、何だが恥ずかしくなったのを覚えている。

『お父さん、お母さん!この人は黒子テツヤくん。私の彼氏なの』

 彼女の両親がボクを悲しそうな目で見ていた。だからボクは微笑んで見せた。

「名前とお付き合いさせてもらっています。黒子テツヤといいます」

 ボクは両親を安心させようと、最期まで彼女を愛すことを誓た。
 すると"今日は遅いから泊まっていきなさい"と言われた。
 その晩、彼女は逝ってしまった。

 映画の券を見せている時に、小さな口から血液が溢れ出す。
 顎を伝い、床に零れた血液を見て、ボクは彼女を抱えて一階へ慌てて降りた。
 救急車を呼ぶ間もなく、事切れた。ボクの腕の中で。
 発作だったらしい。
 それでも彼女は幸せそうだった。
 小さな痩せこけた手には映画の券が握られていた。




 お墓に花を供えていると、名前の両親が後から来る。
 あの日と同じ微笑みを見せた。あの日と変わらない愛があると示唆するように。
 ボクには名前しかいないのだと、改めて感じる瞬間だった。
 青空がボク等を包み込む、秋のある日のことだった。

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