■ 赤い糸

※最低な黒子



 体育館の隅で最愛の彼を見つめる。夏休み最後の練習はいつにも増して熱狂していた。
 名前はタオルとスポドリを抱きしめて、休憩の合図のホイッスルを待っていた。
 青峰にひたすらパスを出す黒子を眺めつづけていると、黄瀬が隣に立つ。

「今日も黒子っち見てるんスか?」

 ボトルの蓋を開けて、グビッと一飲みする黄瀬の額から汗が滴り落ちた。

『き、黄瀬さん、恥ずかしいので大きな声でそんなこと言わないでください』

「えー、恋する乙女は可愛いっスから、恥ずかしがることないっスよ?」

『そういうことじゃないです』

 黄瀬がからかうのをやめないものだから、思わず肩を叩いた。
 男子とは違って手加減の知らない名前の鉄拳がバチンと音をたてた。

「いってぇ!?」

『あ、すみません』

 思いのほか良い音がして名前は謝る。
 肩をさする黄瀬を眺めていると、待ち望んでいたホイッスルが鳴り響いた。
 同時に黄瀬と名前の間にボールがすり抜けて、壁にドンッと当たる。黄瀬は冷や汗をかいて、名前の後ろにデカイ図体を隠す。

『あ、黄瀬さん、私も隠れたいです。黒子くん怒ってるので』

 ボールが飛んできた方向には黒子が無表情で、二人を眺めていた。
 青峰が黒子の後ろで逃げろと口パクで言っているのも見える。

「く、黒子っち、別に下心があって名前っちに話し掛けたわけじゃないんスから!」

 ごめんなさいっス!と逃げてしまった黄瀬は体育館を出て行った。
 名前は黒子を待っていたはずなのに逃げたい気持ちで一杯になる。

「・・・ボクの目の前で浮気ですか?」

 冷めた目で黒子が名前を見た。青峰がまだ逃げろと、黒子の後ろでジェスチャーしている。
 逃げたいのは山々だが、足がすくんで動けないのが現状だ。
 まるで蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。それくらいの威圧感があるのだ。

『ちがいます!私は黄瀬さんと話してただけです』

「違わないでしょう?ボク以外と話す時点で浮気なんですよ」

 当たり前だというような顔で黒子は名前の目の前まで来ると、タオルとスポドリを受けとった。

『でもコミュニケーションは大切です』

 遠慮がちに気弱く言った名前を黒子はわざわざ動作を止めて睨んだ。

「そんな風に教えた覚えは無いですが?ボクはボク以外の人間と話をするなと言ったはずです」

 タオルを首に掛けて、スポドリを片手に黒子は名前の手を引いた。
 足は自然と体育館の出口に向いていた。

『どこに行くんですか?』

 一歩前を歩く黒子に問うと、口元が歪むのが見えて、名前は手を振り払いたくなる。

「休憩がてら躾を・・・」

 名前は血の気が引いた。黒子の温かい手が、優しく名前の腕を引いているのとは裏腹に、力が篭っていくのが分かる。

『黒子くん、ごめんなさい・・・、許してください』

 小声で囁くと、更に手に力が入った。
 体育館を抜けて、角の男子トイレに無遠慮に入っていく。名前は誰も見ていないかハラハラとしたが、用意周到に黒子が清掃中の看板をたてた。

「いつから許しを乞うような駄犬になったんですか?」

 一番奥の個室に名前を押し込むと、便座に座らせ、頬を容赦なくひっぱたく。
 痛みで涙が浮かぶが、黒子は髪の毛を掴んで上を向かせた。
 ゴトンと音をたてて落ちたボトルを無視して、乱暴に口づける。

『んッ、ぐ・・・』

 すぐに離れた唇を愛おしいと思う間もなく首を一掴みされ、締められる。

「馬鹿でしょう、貴女って人は」

 苦しくて、黒子に手を伸ばすが虚しく空をさ迷うだけだった。
 ミシミシと骨が軋みを上げたところで、やっと解放される。

『ゲホッ!くろ、こぐ』

 また頬を叩かれる。

「黙ってください。練習が終わるまでここに居てくださいね。せっかく青峰くんが練習に来てくれてるんですから」

 黒子は蔑んだ目で名前を見据えるとタオルで、後ろ手に括り個室を出て行ってしまった。
 遠ざかる足音に耳を澄ませながら、転がるボトルを眺める。

『(所詮、私は黒子くんの人形・・・・)』

 そう、ただのマリオネットなのだ。
 名前は黒子に利用されている。それでも名前は黒子が好きなのだ。
 青峰が名前に好意を寄せているのも知っているため、それらを逆手にとられ、黒子の人形となった名前は毎日こんな調子である。

 首筋から覗く、赤い痣が彼を思い出させる。鬱血とは違う。
 そして名前のTシャツの下からは赤い糸がはみ出ていた。
 以前に黒子が名前に巻き付けた赤い縫い糸。それは黒子の人形の証であることを示していた。

『(それでも・・・)』

 黒子を想い続けている。どんなに酷い仕打ちだろうが関係ない。
 一緒にいられるだけで、いいのだ。
 名前は一人、涙を流した。

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