■ 思慮するボク
思慮とは深く考えること。辞書を引けば乗っている。英語ではthoughtfulと書いて"思慮する"と訳すらしい。
黒子はその単語を見た途端に嬉しくなった。
まるでボクたちのために存在するような単語だと絶賛した。
「深く考えを巡らすこと・・・・、まさにこれですね」
名前の部屋の辞書を勝手にパラパラとめくり、フムフムと知識を取り込む。
黒子の足元には和英辞典が落ちていた。
紙の乾いた音が続く中、名前がお茶を持って、部屋に入ってきた。
『また私の本棚弄ってる・・・』
開口一番に言った。呆れた口調はもう慣れたというような色を滲ませている。
「いいじゃないですか。どうせボクが直すんですから」
『順番が違うの!』
プンスカ怒る名前が机にお茶が入ったカップを置くと、黒子の背中を睨みつけた。
「ボクはシリーズ別且つ五十音に並べたいんです」
『自分の本棚でやってよ。私の本棚は好きなもののシリーズ別に置いてあるからいいの!』
黒子がピクリと肩を揺らし、しばしの沈黙の後にパタリと辞書を閉じた。
黒子の足元の和英辞典の上に国語辞典がドシャリと落ちる。
「・・・・それも思慮した結果ですか?」
『はぁ?』
「だから、よく考えた結果ですかと聞いているんです」
黒子が口元に微笑を浮かべて振り返った。
名前が意味不明だと言うと、いよいよ黒子が上手に出てしまう。
「馬鹿は嫌いです。これだけ考えてもダメな子は不良品もいいとこですよ」
失礼なことばかり言う黒子にムッときた名前が反撃を開始する。
『さっきから何なの?イラつくんだけど?』
黒子が名前の前まで来ると、突然首元を掴んだ。
徐々に力が篭り始める。
「おしゃべりなすずめの舌はちょん切るのが一番ですね」
すぐ傍のデスクの上に置かれたペン立てに黒子の視線がいく。
ピンクの持ち手のハサミを見つけて、それを手にとる。
『!?』
名前の口にハサミを差し込むと、歯に当たってカチカチと時々音がした。
一気に恐怖のどん底に突き落とされた名前は首を掴む黒子の手首を一生懸命に握りしめていた。
「思慮とは深く考えること、それって素晴らしいことですよね」
狂気を孕む瞳が名前を見つめる。
「深く考えられ、追求された答えは正しい」
視点が少しずつズレていく、黒子の意見に反論すらできないまま名前の首には指がめり込んでいく。
「仕組まれた運命、つまりボクによって思慮された人生なんていうのも、一つの美徳に成りうる気がして・・・・」
その人生が誰の人生を指すのかくらい分かる。
文豪好きの黒子の伏線の張方は上手かった。
そろそろ呼吸がままならなくなる。
口の中のハサミも何とかしてほしい。
「どうですか?」
もし断れば、と言うと口の中のハサミが僅かに開く。
黒子によって作られた人生を歩む、その答えしか用意はされていなかった。
彼の言う思慮は間違っている。
おもむろにハサミが抜き取られ、首も解放されると唇に唇を重ねられる。
何度も角度を変えて、舌を絡めた。
「・・・否定なんてしませんよね?」
分かったらさっさとボクのものになってくださいと、遠回しに言う彼は思慮という単語の意味を履き違えている。
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