■ そんなこともある

 クーラーが効いた黒子の部屋で名前はフードを深くかぶり直し、大きなサングラスのブリッジを押し上げた。
 口元には使い捨てマスクで、見た目は不審者である。
 黒子は本を広げたまま、部屋の隅に座っている名前をただ呆然と眺めていた。
 クーラーの温度は適温。常温のお茶だってある。
 本に栞を挟むのを忘れてパタリと閉じると、クーラーのリモコンを探した。
 名前は微動だにせず、サングラスを掛けているために、どこを見ているか分からない。
 黒子が手探りで部屋の真ん中に設置された小さなテーブルの下のリモコンを引きずり出した。

「名前、寒いのなら温度を上げますよ?」

 微かに名前の頭が黒子の方を向いた。そして首を横に振る。

『いい。丁度だから』

「でもフードなんかかぶって、」

『紫外線対策だから』

 じゃあサングラスとマスクは?とは聞けなかった。きっと紫外線対策だからと返されるような気がしたからだ。

「・・・・家の中なら紫外線は大丈夫だと思いますが」

『油断大敵っていうでしょ?』

 だからといってその服装は無いだろう。黒子は首を傾げつつカーテンを閉めてみた。
 相変わらず名前がどこを見ているかは分からないが、下を向いているのは確かである。

「・・・・せめてサングラスとマスクは外しませんか?カーテンだって閉めましたし」

『嫌』

 即答の名前はそっぽを向く。それだけは分かった。
 夏休みの久しぶりのオフ。せっかくのお家デート。
 やることなんて無いが大抵は、一緒に本を読んだり、他愛の無い話や、うたた寝をして過ごす。
 そんなデートは嫌いじゃない。いつも雰囲気はふわふわとしていた。

『テツヤは色白だから良いけど、私はすぐ焼けちゃうから』

 黒子は名前の姿をまじまじと見た。紫外線対策と言っておきながら、ノースリーブのパーカーを着ている。
 そして下はデニムの短パン。尚且つ裸足。
 怪しい。その一言が黒子の頭を過ぎる。

「へぇ、そうですか」

 黒子は名前に合わせてしゃがむとじっと見つめた。
 名前は黒子から顔を背けると、あっち行ってよと邪険にする。

「名前、キスしたいです」

『嫌』

 黒子がジリジリと追い詰める様に顔を覗き込む。もともと壁際に座っていた名前は身体をペタリと壁に貼付けて黒子から距離をとろうとする。

「じゃあ顔が見たいです」

『嫌』

 名前が黒子の肩を右手で押し返した。しかし黒子は好機だと言わんばかりに右手を掴んで、名前をグッと近づけた。
 名前が壁際から剥がされるように黒子の腕の中に移動し、驚いたのかおとなしくなる。
 顎を指で救って、上を向かせると大きなサングラスとマスクを取り去った。

 すると名前は我に返ったのか暴れて顔を隠す。

『やだ!!見ちゃやだ!!』

「わ!?」

 突然左ストレートが炸裂し、黒子は背中からゴロンと倒れた。
 どすっと尻餅をつき、背中が思いの外痛く、少し顔を歪ませる黒子に対し名前は腕で顔を隠したまま震えている。

『・・・・・・・・・』

「なにするんですか」

 起き上がった黒子が名前の両腕を引っつかむと壁に押し付けた。
 よほど顔を見られたくないのか俯いたままの名前が更に俯く。

「なにかあるなら相談してください」

 言っても無言しか返ってこないのは予測済みである。
 黒子は溜め息をついて最終手段を使おうと名前の両手を解放した。
 名前の両耳を手で包み、目をつむって唇にキスをする。
 すると名前は目を見開いて顔を上げた。

「やっとボクを見ましたね」

 名前の紅潮していく頬は赤く小さなニキビが出来ていた。
 見慣れないニキビに黒子は、思わずあっと声を漏らした。
 同時に名前の目に涙が浮かぶ。

「もしかしてニキビを隠そうとしていたんですか?」

『・・・・・テツヤのばかぁ』

 一個だけじゃなかった。額にもできている。

「泣かないでくださいよ。ニキビの薬が一階の洗面所にありますから」

 黒子が悪化しないように名前の前髪を掻き上げた。泊まりに来たとき、名前は丹念に肌のケアをしていた。
 そこまでしてどうするかと問えば「彼女の顔がニキビとか肌トラブルだらけってイヤじゃん」と答えたのを思い出した。

「ボクがニキビを気にするような細かい男に見えますか」

 半ば呆れながら言うと名前の手を取り立ち上がった。
 名前も手を引かれるままに立ち上がる。

「洗面所に行きましょう?薬があるので」

『・・・・・・うん』

 数秒遅れて返事が返ってきた。黒子と二人で部屋を出て行った。

[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -