■ ボクは薄情者

 名前が泣いているのが見えた。きっと自分の所為だ。率直に思った。
 名前が自分に好意を寄せていることは知っていた。
 しかし、ボクは彼女からの告白を気付かないふりをして流したのだ。
 するとどうなるだろうか。彼女は案の定泣き出してしまった。泣き出しても尚、知らないふりを続けるボクはなんて薄情者だろう。
 おろおろする身振りだけ見せて、ハンカチを差し出すと彼女は、目の前から消えていた。
 ボクを鈍感だと思ったのだろうか。
 気持ちを溜め込みながら、彼女が消えて行った方向を眺めて、ため息をつく。高校生になったら恋愛にも強くなると思った。
 でも、それはとんだ勘違いだ。キチガイもいいところだと思ってしまう。

「・・・・・」

 素直になれないまま、このままの関係になってしまうのだろうか。本音を言えば友人という関係から一刻も早く脱け出したかった。
 なのに、ボクは薄情者だから、彼女を余計に遠い存在にしてしまう。
 その場で固まったままのボクは、心でごめんなさいと謝った。こういうとき、もっと紳士でいられたらと、なんど思ったか。
 いつまでも此処に立っている訳にもいかないので、彼女を追いかけようと、一歩踏み出した。
 パタパタと廊下を走りぬけ、小さな背中を探す。通り過ぎる教室の一つ一つを横目で見つつ、足を更に加速させた。
 そして見つけた。場所は学年最後のクラス、F組だ。
 ボクは危うく通り過ぎそうになる体に思い切りブレーキをかける。廊下と靴が擦れてキュッとなった。
 その音で気付いたのか彼女は、伏せていた顔を上げる。慌てたように机の上のスクールバックを抱えると、ボクがいる出入り口とは反対の側の出入り口の方へ、つかつかと歩いていく。
 ボクは焦って名を呼んだ。

「名前!!」

 思ったより大きな声が出て、自分らしかぬ声量に驚いた。それは、名前も同じだったようで、重たそうなスクールバックをバンッと音をたてて落としてしまった。

「あの、手短に話します。聞いてください」

 ボクは、気配を消して名前の後ろに立った。かすかに震える名前の方を見て、罪悪感が芽生えた。
 告白を無視したときには芽生えなかった感情に、動揺する。それでも言わなければならない。
 今度こそ、紳士のような振る舞いを心がけ、思い切り名前を抱きしめた。
 腕の中でびっくりした名前の耳が赤くなっていくのが見え、少しばかりの優越感に浸る。

「好きです。気付かないふりをしてすいませんでした」

 何も返事がなく、ボクは心配になる。高鳴る鼓動が、名前に伝わっていたなら、なんて恥ずかしい話だろう。こんな状態で嫌いと言われたらどうしよう。
 いろいろな感情が入り混じり、呼吸が苦しくなる。

『・・・もう、しらんぷりしないでね』

 その言葉が聞こえた。

「その言葉は肯定ということでいいですか?」

 ゆっくり頷く名前の体温がさっきに比べて熱い。これで薄情者が早く卒業できたらな、と黒子は頭の片隅で思った。
 

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