■ 逢えない夢、消えた君
火神が息を呑むのが分かった。電話越しに語りはじめる。
「黒子とお前は所謂、恋人ってやつで、…その、率直に言うと交通事故で、トラックに轢かれちまって…」
『…そっか』
「お前を助けるために身代わりになったんだよ」
今度は名前が息を呑む番だった。
「ほぼ即死で、それでも苗字のことをしっかり抱きしめて、守ったんだ。スゲェだろ?」
誇らしげに黒子という友人について語る火神の声は小さく震えていた。
電話の向こうでチャイムの音がする。
「それから何日も何日も過ぎてさ、苗字が黒子が生きてたときと変化が無くて驚いた。今さらだけど、せーしんてきなShock?ってやつなんだろうな」
何故かショックの所の発音が良い火神は間抜けな声でいった。さすが帰国子女。
「でもさ、気にすんな。…元気のない苗字だと、黒子が空しいだけだ」
火神が予鈴鳴ったからと、早口で言って、有無を言わせぬままに通話を切ってしまった。
『……………』
名前は携帯が手から滑り落ちるのも構わずに、小刻みに震える身体を抱きしめた。
涙が落ち、何度も黒子の名を呼んだ。
何故、思い出せないのか。火神の話からすると、名前は間近で黒子の命が消えるのを感じていたはずなのに。
事故の記憶さえない。
『ふっ、…ぐ』
何度も嗚咽を噛み殺した。真後ろに黒子が立っていることも知らずに。
『ごめんね…、ごめんね。私のせいで死んだのに…!』
黒子が困った顔で、後ろから名前を眺めていた。
『あんな、に…、血まみれになってッ、』
なのに忘れてしまうなんて、私は何て最低なんだ。そりゃあ、黒子くんだって夜な夜な現れて、私を憎んだって仕方がないよね、と大体こんな意味のことを言った。
黒子は違うと言いたいのに、絶対に届きはしない自らの声を殺す。
『私、黒子くんの為に、死ぬ勇気もないよ…。償えないよ…』
黒子は一人苦しむ名前の身体を包み込んだ。
名前はそんなことも知らないまま、泣きつづける。
「(ボクは貴女に生きていてほしい)」
だから、無意識にトラックの前に出て身代わりになったのだ。
『ごめんなさい、ごめんなさい…』
名前が幸せになるまでは成仏できないな、と黒子は脳の片隅で思った。
時が満ちるのは名前の寿命が尽きた時。その時は一番に名前を迎えに行くつもりだ。
end
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