■ ボクが生きていたこと

 覚えていますか。ボクがいたこと。
 言いかけた言葉を飲み込み、書き替わった留守録がピーッと電子音を部屋中に響かせた。
 名前は今日も寝坊だろうか。黒子は固定電話から離れて、二階へ上がった。
 廊下の突き当たりにあるドアをノックして、返事を待つ。
 この時点で、寝坊だと確信した。

「入りますよ」

 黒子がドアを開けて入る。ベットに目を向けると、枕に散らばる髪の毛が見えた。
 心なしか、うっすらと、いびきが聞こえてくる。

「名前さん、朝ですよ」

 黒子が、バッと薄いタオルケットを剥ぎ取ると、名前はもぞもぞと丸くなる。
 そして仕方なく起き上がる名前は弱々しい声で、目を擦りながら言った。

『おかあさん…?』

「違います」

 微かに聞こえた声の元を辿ると、タオルケットがふわりと床へ舞い落ちていくのが見えた。
 更に、名前には、一瞬だけタオルケットが浮いていたように見えた。
 名前はそれで脳が覚醒し、目を再び擦り、見開く。

『……あれ?』

 名前以外、誰もいないシンとした部屋が、妙に広く感じた。
 確かに、微かながら聞こえた声は何だったのだろうか。
 一階から母親の声がした。

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