■ 夏の日にボクらは恋したB
進まない課題を眺めていると、後ろから誰かが抱きしめるようにのしかかってきた。
放課後の教室に二人の影が伸びる。この爽やかな香りは――――
『テツ…?』
名を呼べば黒子はピクリと体を震わせ、小さな声で言った。
「すいません…、でも少しだけ、このままで居てくれませんか」
断る理由もなく、されるがままに目をつむった。
『…寂しいの?』
黒子の香りに包まれながら何となく聞いてみる。
「……はい。死にそうな位に寂しいです」
『テツはやっぱりうさぎみたいだね。寂しいと死んじゃうところが』
私は黒子の逞しくも細い腕にほお擦りをした。
「………ボク気づいたんです」
『何に?』
「ボクはバスケが好きだ。みんなでやるバスケが…」
少し前にバスケ部を辞めた黒子は腕に一層力を入れて抱きしめる。同時に青いカッターシャツが深いシワを刻んだ。
『今は?』
「分からないです。でもまだボクはキセキと呼ばれた彼らとバスケがしたい」
『そっか』
私がが無理矢理立ち上がると、黒子は驚いて一歩後退り、腕が離れた。
黒子に向き合うと、私は黒子を助けて上げられない悔しさから、涙が溢れてしまうのを必死に堪える。
『……帰りにさ、ストバス行こうよ。相手して』
黒子の目が大きく見開かれ、渇いた声を上げた。根拠もなく、青峰に良いライバルが現れるかも知れないと言ったこともある。
根拠のない黒子の言葉はどこまでも底無しだった。
「……………」
黙って俯いてしまう黒子の手を取ると、私は行こうよと、更に念をおす。
『私、テツが好きだよ。テツは自分が好きじゃないんだろうけど、私は好き』
そこからは簡単だった。黒子は取られた手を逆に掴み、私を引き寄せると、背骨が折れるのではないかと思うくらいに抱きしめられた。
「ボクは確かに自分が嫌いです。でも貴女にそんなことを言わせたくはないんです」
『………』
衝動で一気に上がった黒子の心拍を聞きながら私は目を閉じる。人の腕の中は心地好い。
「ボクは、……キセキの世代を倒す。新しい光りを見つけて、キセキの世代を倒します。だから、その時までサポートしてくれませんか?」
耳に響く低音が鼓膜をくすぐり、ただ一言呟いた。
『ばーか、当たり前じゃん』
黒子の背中に腕を回して、子供をあやすようにトントンとする。
『その時までじゃなくて、一生サポートしてあげるつぅの』
私が見上げて背伸びをすれば、黒子の泣きそうで嬉しそうな顔が大きく目を瞬きさせる。
「…一生、一緒です。約束ですからね」
それから黒子が誠凜高校に進学して新しい光を見つけた。
私たちの関係も小さくではあるが進展もしている。
私は黒子との時間が止まったようなあの期間を忘れない。
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