■ 一方通行

 別に一方通行の恋だっていい。今日も貴方は誰も自分の存在に気づいていないと思っているのでしょう。
 図書室のカウンターに座っている彼は、本を読んで暇を潰していた。
 図書室には名前と彼しかいない。
 いつもこんな閑散とした風景で、図書室の仕事は無いに等しかった。

『黒子くん、貸し出ししたいんだけど』

「あ、はい」

 本に栞を挟んで、バーコードリーダーを貸し出しカードにかざした。世の中は便利になったものだと、ババ臭いことを考えながら、受け付けを済ませた彼に微笑んだ。

『ありがとう』

「いえ…、それより」

 黒子が何とも言えない表情で名前をカウンターの席から見上げていた。

『なに?』

「…いつからボクがいるって知っていたんですか?」

 名前は目をぱちくりとさせた。首を傾げる名前に彼は明らかに動揺している。

「すいません、いきなり変なこと聞いて。気にしないでください」

『……別に変じゃないよ。因みに、私が図書室に来た時には黒子くんいたし…』

 目を真ん丸にして黒子は名前を見つめたまま動かなくなる。

「…………………」

『黒子くん?おーい』

 黒子の顔面に向かって手を振ると、我に返ったのか、再び謝罪をしてくる。

「すいません、えと、名前を聞いても良いですか?」
『えー…、秘密!!』

 名前は笑って、困った顔の黒子を見下ろす。

「秘密ですか…?」

『うん』

 黒子が椅子から立つと、カウンターから身を乗り出した。

「どうしても教えてくれないんですか?」

 捨てられることを分かっている子犬のような瞳で見てくるものだから、名前は視線を逸らし気味に言った。

『…ならナゾナゾが解けたら教えてあげる』

「臨むところです」

 途端にキリッとした顔になる彼。

『じゃあいくよ。いつも木曜日に図書当番で、バスケ部で、影が薄くて、誰にも自分は認識されていないと思っているアホなことを考えているのは、だぁーれだ』

 彼の手からバーコードリーダーがガコッと落ちた。 名前はニコニコとしている。

「あ…、えと…、ボク…ですか?」

『うん、当たり〜。私は苗字名前〜』

 一方通行の恋が終わりそうな気がする。その先を期待しそうになる自分を叱咤し、固まる黒子の頭を撫でた。

『誰も認識しないなんて馬鹿げたことは思わない方がいいよ?現に私は大分前から黒子くんのこと知ってたし』

 それだけを告げて逃げるように図書室から名前は出て行った。
 一方通行だけで満足だったはずなのに、どんどん貪欲になっている気がする。

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