■ こっちおいで、

 すべては偽りなのでは無いか。名前を見て思った。
 手招きすれば、名前は愛想笑いだけを浮かべて、黒子に身を委ねる。
 平均身長の彼女は小さくも、大きくもない。そして、黒子の腕の中にスッポリと収まるサイズ。
 無感情なのかニコニコしたまま、いつも傍観している。
 くだらないことかも知れないが、全て黒子にとっては大切なことだ。
 何かを見定めるような視線、心理を探る発言、しかし自らの心理は悟らせない。

「本当は何なのでしょうか?」

 日誌を書いている名前が、いつもの愛想笑いで顔を上げた。不覚にも黒子は、その顔に恋をしている。

『何が?』

 彼女の瞳は、沢山のモノを見透かしすぎて、くすんだように見えた。
 例えるなら息をする人形様であり、好印象を与える言動をインプットされたロボットの様だ。

「ちょっと悩み事です」

 曖昧に返せば、名前はそれ以上の言及はしてこない。元より興味は無かったのだろう。一つだけ言っておくならば、印象を悪くさせないための効果を強めただけだ。
 つまり、一言でも反応するだけでも相手の印象は変わる。
 それだけの為だけに彼女は受け答えするのだ。

「……名前は変わらないですね」

 呟いた黒子に名前はクスリと笑う。それさえも、演技なのだと思うと、心が痛む。

『そんなことないよ。ちゃんと変わってる。それを言うならば、テツヤの方でしょ』

 しっかり黒子の目を見て、言う名前に黒子は意味不明だと溜め息をはく。

「どういう意味ですか」

 名前は手からシャープペンを離すと、気持ち悪いくらい愛想良く笑う。

『私を人形だとか思ってるんでしょ?愛想笑いばかりで、汚らしい心の持ち主ってね』

 黒子は名前から目を離さずに、すかさず答えた。

「大方、正解です」

 名前は愉快そうに笑うだけで、再びシャープペンを取った。

『私はさ、テツヤの方が人形に見えるよ。何も変わらないで、私を変な目で見ていて、でも嫌いにはなれなくて、…愛想笑いも出来ない人形には言われたくないかな』

 テツヤが変わらないから、周りが変わっているように見えて、私はそれに巻き込まれていると、ややこしいことを言いながら、名前は紙にペン先を滑らした。

「……そうですか。変わらないのはボクですか」

『言い訳ばかりして、私に手招きするんでしょ?おいでよ、…って。ごまかしてばっかり』

 黒子は無表情で名前を見つめ続ける。

「………とんだ偏見だ。ボクが変わらないのは、名前がいつまでも愛想笑いしかしないからです」

 原因はどちらにもある、と黒子は言った。

『……私もテツヤも五十歩百歩ね』

 そう言って笑う名前は眉を潜めて、黒子を見る。

「何情けない顔をしてるんですか」

 黒子が手招きをした。名前は席を立ち、黒子の側まで行くと、ただ笑った。

『情けないのは釈然としないから。もう終わりにしようよ』

 いつまでも互いを守りあっていてもしかたがない。
 黒子に手を差し延べて、名前は一言だけ紡いだ。

『私さ、テツヤが好きなんだよね。だいぶ前から』

「それは奇遇です。ボクも前から好きですよ」

 誰も知らない歪な関係に終止符が打たれた。

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