■ まわる世界とかざぐるま

 夏祭りが催される通りで、黒子と名前が浴衣で通り掛かった。
 黒子の祖母に着付けてもらった浴衣は歩きにくくて下駄をからころと鳴らしながら黒子について歩くのがやっとだ。

『黒子くん、待って…』

 屋台も準備中だというのに二人は手を繋いで歩いていた。黒子の浴衣は、歩く度に帯から下がはだけて、膝が見えている。
 名前もそんな風に出来たら良いのだが、襦袢から何から着込んでいるのもあるし、女子がそんなことをしていたら、ナンパしてくださいと言っているのと同義だ。

『黒子くん、歩くの早い。帯解くよ?』

「最後の一言が余計ですよ。解いたら警察に突き出しますからね」

 そう言いつつ止まってくれる黒子は、名前と手を繋ぎ直す。
 そして歩くスピードが半分以下になった。

『…まるで私が変態みたいじゃん』

「違うんですか?」

 黒子を睨むと無表情で見つめ返される。
 辺りがオレンジ色に染まったところで、所々の屋台が販売を開始し始めた。

『黒子くんって何気毒舌だよね』

「そうでしょうか」

 黒子が首を傾げると、名前はウンと頷く。

『だいたいさぁ、小学生の時はチビだったクセに、今はいっちょ前にデカくなりやがって。生意気』

「当たり前です。いつまでもチビじゃないです。むしろ今のボクからすれば名前の方がチビですけどね」

『おだまり』

 額に青筋が立ちそうなくらいに名前の顔は苛立ちで歪んだ。

「そういえば、ボクの家に泊まりに来て"テッちゃん、お風呂入ろー!!"って言われたの覚えてますよ。確か小学五年生の時ですね」

『まだ覚えてたのかッ』

 黒子が真顔でデリカシーが無かったんですねと言うものだから、名前は思わず黒子の肩を殴った。

「小学五年生であの発言はないですよ。他にも中学生の時はベルトのバックルを壊しながらズボン下げてきましたよね」

『あれは躓いて転びそうになったからッ!!何故そんな下ネタばかり覚えてんだよ!!』

「あとは、名前の部屋に行ったら脱ぎ散らかした服とブラ『アアアアァァァアッ!!』

 バッと黒子の口を塞ぐ。

『そんなに私の黒歴史を掘り返して楽しいかよッ!!』

 黒子は目を細めて、名前の手を掴み、口を解放させる。

「名前は天然タラシですからね。昔は可愛かったのに」

 哀れなモノを見る目が冷めているような気がして名前は、思わず目を逸らした。

『悪かったね。ブサイクで』

「あ、怒ってますか?」

 フンッと鼻を鳴らし、そっぽを向く名前が下駄で黒子の足を踏み付けた。
 メリィッと食い込む下駄に黒子が涙目になり、何するんですかと言った。

『黒子くんが悪いんだもん』

 黒子の白い足の甲に下駄の跡と、砂で黒くなった跡がついている。

「やっぱり可愛くないです」

『うるさい』

 黒子が完全に拗ねた名前の手を引いて、林檎飴の屋台へ近付く。

「おじさん、小さいサイズの林檎飴をください」

 屋台の店主が突然現れた黒子にヒィッと声をあげるが、直ぐに林檎飴をくれた。代金を払い、そっぽを向く名前に林檎飴を差し出した。

『…なに』

「ご機嫌取りです。名前が拗ねるので」

 店の前で繰り広げる二人の恋人のような会話を興味深そうに聞き入る店主がニヤニヤとしている。

『林檎飴で機嫌が直ると思ってるの?』

 と言いつつ林檎飴を黒子の手から奪い、舐めはじめた。黒子は苦笑して、今度は隣の屋台に移る。射的を見つけたのだ。

「じゃあ、お姫様。射的なんてどうでしょうか?」

 黒子が指差すと、名前は景品をまじまじと見つめる。
 林檎飴を片手に、あいた手でアレと指差した。その先にはホラーのゲームソフトがあり、ムードのなさに黒子は一瞬黙る。

「ことごとくフラグをへし折りますよね」

『文句ある?』

「いいえ」

 黒子が小銭を射的台に置くと、弾が五発乗ったトレイが置かれる。コルク弾を詰める様子を眺めていると、何だか絵になるなぁと思ってしまった。

『取れるの?』

「運が良ければですね」

 黒子が身を屈めて、狙いを定める。片目だけを細めて、全神経を指先に集中させる姿が何だか格好よかった。ギリギリと徐々に指が引き金を引いていく。
 ドキドキとしながら見ていると、一気に引き金が引かれ、パンッと軽い音と共にゲームソフトに当たり、大きくグラグラと揺れて、景品棚の裏側へ落ちた。

「おっ、兄ちゃんやるねぇ!!」

 若い女性の店主が打ち落としたソフトを拾い上げると手渡してきた。

『すごいっ一発で取れたッ!』

 男子ってこういうの得意だよな、と思いながら手を叩く。

「まだ四発ありますから」

 黒子が微笑むと、また慣れた手つきでコルク弾を詰めはじめる。
 セットが完了した空気銃を林檎飴とゲームソフトと交換するように渡す。ずっしりとした重さがあり、名前は慌てて両手で抱える。

『ちょっ』

「やってみてください。面白いですよ」

 射的なんて出来ないと思いながら、とりあえず小さなラムネのケースを狙う。
 あれなら打ち落とせるだろうと、たかをくくった次第だ。

『……』

 重さに堪えられずに震える腕を黒子は優しく、台に肘を付かせるように誘導する。

「重たいなら肘を付いた方がやりやすいですよ」

『う、うん』

 名前が引き金を引くと、コルク弾は掠りもせずに屋台の奥へ飛んでいった。
 思いの外、難しく、名前は眉を潜める。
 それを見兼ねた黒子が片手で後ろから名前の体制を整え、銃口が下がり気味の空気銃を一緒に支えた。

「これで照準を合わせてみてください」

『ん…、分かった』

 名前が狙いを合わせて引き金を引くと、コルク弾はラムネにコンッと当たり、向こう側へ落ちた。

「おめでとう!」

 店主がラムネを手渡す。名前はおおっと声を上げて受け取る。残り二発は名前一人で撃ったが、黒子に手伝ってもらった時のように景品は取れなかった。
 それからからころと下駄を鳴らしながら人通りの多くなった道を縫う様にして歩く。林檎飴が無くなり寂しそうな顔をする名前が、黒子に手を引かれるままについて行く。

『黒子くん、林檎飴無くなった』

「おかわりは自分で買ってください」

『ケチー』

 神社の前に来ると石段を上り始める。名前は林檎飴の棒をくわえながら石段をよいせと上った。
 一分ほどで上りきった石段から夕焼けを眺める。

「綺麗ですね」

 黒子が眩しそうに景色を眺める。
 名前も言われるがままに景色を眺めた。

『ホントだ』

 しばらく眺めた後に黒子は歩き続けて、着崩れて開けた胸元を直し、景品を入れていたバックを漁る。

「名前、これ」

 白い指がつまんでいたのは小さなかざぐるまだった。 名前は、かざぐるまを受け取る。

『これどうしたの?』

「可愛かったので買ってきました」

 いつの間に買ったのやらと名前が笑うと黒子はあげますと言った。

『なんか今日はテッちゃんに沢山お金を使わせちゃったな』

 しみじみと言うと、黒子は気にしてないと言った。
 そして突如クスクスと笑い出す。

『な、なに。いきなり笑い出して』

「ふふっ、何だか久しぶりにテッちゃんって呼んでもらえたなと思って…」

 ポツリと寂しそうに言った黒子に、かざぐるまから視線を上げる。

『い、今の忘れて!』

「心のメモリーに録音しました」

 ●RCOと右端に見えた気がする。ただ黒子があまりにも嬉しそうに言うものだから、何も言えなくなって、名前は口をつぐんだ。

「"テッちゃん"と呼んでくれなくなったのは、桃井さんが"大ちゃん"と呼ばなくなったのと同じ理由ですか?」

 名前は情けない顔で言う黒子を眺めて、首を横に振った。

『さつきちゃんと青峰くんはさ、からかわれるからやめたみただけど、私の場合は何かさ、その…、えっと、…恋人みたいだなって意識、をしたからであります』

 語尾に向かうほど不思議な口調に変わっていき、林檎飴の棒を噛み締めた。
 黒子はキョトンとして、プフッと噴き出す。

「…まさかそんな風に思っていただなんて、意外でした」

『だって周りにからかうような人もいないから、否定する場面もなくて…』

 顔を俯かせる名前に黒子はしっかりとした口調で言った。

「大丈夫です。意識して恥ずかしかったのは名前だけですから」

『なんかムカつくな』

 いつの間にか暗くなった神社で、花火が上がるのが見えた。

「そうやって異性として見てくれたのは嬉しいです」

 名前がキラキラと散る花火を見るふりをして目線を逸らすと、黒子が呟いた。

「付き合いませんか?」

『……高校生活に支障が出たら困る』

「あー…、それもそうですね。でも付き合いませんか?後悔はさせません」

 名前が返答に困っているのを気長に待っている彼は花火をただただ眺めて、夏祭りが始まった時から離さず握っていた手に指を絡めた。
 何かの始まりを予感させる手が名前の心拍を加速させる。

「それと一つ。最初は可愛くないと言いましたが、あれは大人っぽくて綺麗になったって意味ですから、勝手にブサイクだとか誤解しないでくださいね」

 最後に爆弾発言をして、名前は断る術すら解らなくなった。熱くなる頬を俯いて長い前髪で隠し、黒子の手を握り返す。
 花火が遠くで鳴り響いた。

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